Eden



仕事の合間に、30分ほどの空き時間ができてしまった。取材を終えて、雑誌の撮影のために虎徹さんと待ち合わせた時間まで、あと30分強。それまでベンチにでも座っていようかとも考えたが、このまま公園でぼんやりしている訳にもいかないと思う程度には、僕は自分の知名度を理解している。どうしようかと数分悩んだあと、少なからずのどが渇いていたので、ふと目についたカフェに入って時間を潰すことにした。


落ちついた雰囲気の店内は中々好ましかったが、昼をだいぶ過ぎて、アフタヌーンティーにはまだ早いというのに、満席だという事実には閉口せざるを得なかった。虎徹さんが来たらすぐわかるようにと、窓側の席に座りたかったけれど、二人用のテーブルが並ぶそのほとんどが、カップルや友人同士と思われる女性たちで埋まっている。その中にひとつ、女性がひとり本を片手に座っているのを見つけて、僕は彼女に声をかけた。

「すみません、相席させてくれませんか?」

艶やかなブルネットは、パートナーのものよりやや明るい茶色がかっている。しかし、この街ではあまり目にすることのないその色に、ほんの少しばかり話しかけやすいような気持ちにさせられていたのは確かだった。肩口で切り揃えられた髪を揺らして、彼女は読んでいた本から顔を上げる。

「どうぞ、すぐに空けられますから」

聞きなれたキンキンと響く声とは違い、耳に馴染む落ちついた声でそう言うと、彼女は本をバッグにしまい始め、僕は少し驚いた。もう湯気をたてていないとはいえ、紅茶はまだティーカップの半分ほど残っていたし、皿に上品に載せられたケーキに至っては、まだ手をつけられてすらいなかったから。

「そんな、僕の方があとから来たんですから、気にしないでください。……それとも、僕と相席は嫌ですか?」

営業用の笑顔と、声で、我ながらずるい言い方をしたと思う。普段の僕ならば、好都合だと去るに任せただろうに、自分の行動に、僅かな違和感。

「ごめんなさい、そういう訳ではないんですけど」

曖昧な微笑、困ったように、実際困っているのだろうけど、下げられた眉が、大人びた話し方にそぐわず幼いその顔を、さらに幼く見せていた。濃い色をしたフレームにはまったレンズの向こうで、化粧をしているようには見えないのに長いまつげが、戸惑ったように震えている。可愛いひとだな、となんとなく感じた。

「それなら、あなたさえよければ、ですが、少しだけ話しでもしませんか」

ああ、やっぱり今日の僕はどうかしているのかもしれない、とイスに座りなおす彼女を見ながら考える。とりあえずコーヒーを頼んで、すっかり冷めきっている紅茶を所在なげにかき回している彼女に、名前を聞いてみようと思った。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -