Eden



「お久しぶりです。……ひどい、雨ですね」

やっとのことで口を開いた僕は、依然としてなまえさんの傘の中にいた。もう暗いし、雨も降っているから、きっとこうしていても、僕がヒーローのバーナビー・ブルックスJr.だなんて、誰も気づかないだろう。

「そうですね。傘は、お持ちではないんですか?」

「ええ、降水確率はあまり高くなかったので、置いてきてしまったんです。……入れてくださらなくてもいいですよ、これではあなたが濡れてしまう」

降り続く雨は、幾分か小降りになったものの、止む気配はない。

「いえ、むしろバーナビーさんが使ってください。ヒーローが雨に濡れて風邪なんてひいたら、格好、つかないじゃないですか」

なまえさんは口元だけで笑って、僕に傘を渡すと、雨の中に出て行こうとする。半ば反射のようにつかまえた手首、返そうとした傘は丁度僕と彼女の中間で止まっていて、遮ってくれているのは繋がった手の上だけだった。さっきまで乾いていたなまえさんの白いブラウスが、瞬く間に肌色を透けさせていく。

「ずぶ濡れ、ですね」

そう言って、一歩、こちらに踏み出したなまえさんの足元からは、水の跳ねる音。掴んだままの方とは逆の手が、そっと傘を持つ手に重ねられて、僕の頭上に雨が降り注ぐことはなくなった。

「女性から一本しかない傘を譲られるなんて、それこそ、ヒーローとして格好がつかないと思いませんか?」

今度は僕から詰める距離。ほんの少しだけ微笑んだなまえさんを見て、この感情につけるべき名前が、ようやくわかったような気がした。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -