転んで足を挫いた。それも何もないところで。しかも荒北くんの前で。ぎゃあ、というかわいげのないことこの上ないような悲鳴をあげて、恥ずかしさを堪えながら周囲を確認したところで視線が合ってしまった。非常にいたたまれない。誰もいないと思ったのに。
「ケガ、したのか」
気まずそうに目を逸らしながらもそう問いかけてくれる荒北くんは、案外優しい人なのかもしれなかった。一年生のときに見たリーゼントのイメージが強すぎて、苦手意識を持っていたけれど、思っていたよりも怖くはない。見なかったふりをした方が楽なのに気にかけてくれるあたり、たぶん根はいい人なんだろう。
「右の足首を、ちょっと」
左足に体重をかけながら立ち上がり、スカートの裾をはらう。転ぶのにも、それでケガをするのも、残念ながら慣れている。でも、慣れているからといって痛くない訳ではないので、とりあえず保健室で湿布を貼ってもらいたい。ひょこひょこと、右足を引きずって歩き出すと、突然後ろから襟首を掴まれた。
「痛ぇんだろ、運んでやるよ」
振り返ると、こちらに背を向けてしゃがむ荒北くん。おぶってくれるということだろうか。ありがたいけれど、それはそれでとても恥ずかしいし、申し訳ない。
「いいよ、大丈夫、ありがとう。荒北くん、部活あるんだし迷惑でしょ」
だから、断って自力で頑張ろうとしたのだけれど。
「迷惑じゃねーヨ」
抵抗する間もなくひょいと抱えられ、宙に投げ出された足が揺れる。俗に言うところのお姫様抱っこをされる恥ずかしさに、顔を覆いたくなった。こんなことになるなら、おとなしくおんぶされておけばよかった。そのあと、先生のいない保健室で手当てまでしてもらうことになるとは、このときの私には思いもよらないことだった。