Eden


静かな夜だった。DIOはベッドにゆるく腰かけ、何事かを手帳に書きつけていて、nameはその傍らで本を読んでいた。満月に僅かに足りない月光が白白と射し込む室内は明るく、二人は蝋燭も灯さずにそこにいた。ペンが紙を引っ掻く音とページを捲る音だけが途切れ途切れに聞こえ、そのどちらも止まったときは、まったくの静寂が部屋を支配している。

「name」

幾度目かの沈黙のとき、DIOがnameの名を呼んだ。まるでどろどろに煮詰めたストロベリージャムのような声色だと、彼女はいつもそんな感想を抱く。そういえば、彼の瞳もそうだ。甘くとろけるストロベリーの色。無意識に、舌が唇をそろりとなぞった。

「君は、天国とはどんなところだと思う」

舐めたばかりの唇の下を、DIOの指がすべる。意図を汲みかねる質問は、これがはじめてではなかった。DIOは時折、他愛ないふうを装って、不可解な問いかけをする。

「永遠の眠りの世界、かしら」

「死の先に天国があると思うか」

「夢をみるだけよ、きっとね。幸福な夢の世界を、人は天国と呼ぶんだわ」

細められた目はもはやnameを映してはいない。思案するように虚空に視線を巡らせたDIOは、無造作にくるりとペンを回した。仮に本当に死が夢をみることだとしても、その夢が幸せなものとは限らないだろう。それでもなお、死の恐怖に打ち克ち、立ち向かい、或いは受け入れる覚悟があるというのならば。そこには、その先には、天国があるのだろうか。一般的な死の概念を超越した、不老不死に近い存在は考える。彼はすでに天国へと到達する方法を見つけていたが、nameの論もなかなかに興味深いと思った。いずれにせよ、天国へ行くためには、すべての枷を外さなければならない。枷。ジョースターとの因縁。だが、それもじきに断てることだろう。かの血統を滅ぼし、かつてジョナサン・ジョースターのものであった肉体を完全に我が物とし、そうしてDIOは安寧を得る。
手帳を閉じて、ペンと共にナイトテーブルに置いたDIOは、絹糸のようなnameの髪を指に絡めた。天国の時。その瞬間を迎えるとき、目の前にいる女をどうするのか、DIOはまだ決めかねている。二人は、恋人ではなかった。そこに愛はなかった。友人でもなかった。そこに友情はなかった。その感情は、好意と無関心の間で揺れていた。DIOは、nameを通してジョナサンを見ている。正反対でいてひとつだった、たったひとりの男とは違い、女はDIOに似ていて、それでいてひとつにはなり得なかった。彼と彼女は、同じ髪の色と、同じ目を持つだけの他人だった。それが純然たる事実だった。それにもかかわらず、彼と彼女はある意味同一だった。DIOにとっては。

「君は、わたしと共に永遠を生きる気はあるか」

そう尋ねたのは、ただの戯れにすぎなかった。nameが口を開く前から、DIOはその答えをすでに知っている。

「遠慮しておくわ。人間って、なかなかすばらしいと思うの」

nameの微笑の向こうに、DIOは確かにジョナサンを見た。



(William Shakespeare『Hamlet』より)
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