Eden


大理石のように冷たい、その首にある継ぎ跡に指を這わせて、nameはほう、と息を吐いた。

「神は私たちを人間にするために欠点を与えるというけれど、この傷はあなたが地上にいるための代償なのかしら」

エジプトではまず耳にすることのない、なめらかなクイーンズ・イングリッシュが、広い部屋の静寂にとけていく。DIOのピジョン・ブラッドの瞳と、nameのエメラルドの瞳が互いを映した。軽やかなソプラノが、問いかけのかたちをとってはいても、答えを求めるでもなく発されているのをDIOは知っている。いわば独り言に返事をするのは、無駄というものだ。その代わりに、細い手首を掴んで引き寄せる。思惑通り、華奢な体はベッドに横たわるDIOの胸元へと倒れ込んできた。頼りなげな体躯とは裏腹に、何をするのかと訴えてくる瞳の奥では、強い意思が燃えている。素肌をくすぐる夜色の髪を一房手に取れば、それを追う視線が、指先から腕、肩をたどり、もう一度目が合った。髪と同じ色をした長いまつげがふるりと震える。DIOは、この館の主たる吸血鬼は、存外nameという名の女を気に入っていた。それは彼女がジョナサン・ジョースターとよく似た色彩を持っていたからだとか、スタンドを発現していたからだとか、そういったことと少なからず関係していたが、同時に実に些末なことがらでもあった。過去の人間の影や、身を守るためだけの能力は、必ずしもDIOの心に留まる理由たりえない。

「name」

甘く響くテノールに、nameはシーツの海に沈もうとしていた身を起こす。白い波間にうつ伏せ、肘をついて見上げるDIOの顔には、薄い笑みが浮かんでいた。うつくしいおとこだと、そう思った。

「もしかすると君は忘れているのかもしれないが、わたしは人間ではない。吸血鬼だ。人間を超えた存在なのだ」

幼子に言い聞かせるようなトーンの囁きが、吐息が、耳をかすめていく。

「カーミラが男の姿をしていたら、きっとあなたになるんだわ。でも、ジョナサンが出てくるのは、ドラキュラね」

「カーミラの著者はジョセフだったか。どう思う、わたしのローラ」

「それは因縁染みててすてきね。私のカーミラ」

興が乗ったらしいDIOの言葉に、nameも応えた。美貌の吸血鬼はそれに満足すると、物語の中の同じ存在がそうしたように、女の頬にキスを落とす。

「さて、わたしはそろそろ眠るとしよう。……扉に鍵をかけて」

部屋をあとにするDIOを見送り、nameは今度こそ枕に顔を埋めた。隣に温度はなく、誰かがいたとわかるシーツの皺だけが残されている。窓の外には、微かに夜明けの気配があった。



(Joseph Sheridan Le Fanu『Carmilla』より)
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テーマ「人外ファンタジー」
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