Eden



帰省前に寄った東京で合コンに巻き込まれた私は、なぜか静岡に戻った直後も飲み会に巻き込まれていた。まだ雪の残る地元とは違い、こちらはもうじき桜が咲きそうだ。駅から店に来る途中に見かけた蕾が、薄く色づいていたから。ついついそんな現実逃避じみたことを考えてしまうのは、しかたがないことだろう。両サイドに福富くんと荒北、向かい側に新開くんと金城。意味がわからない。どうやら先日の合コンで私に会ったと新開くんが荒北に連絡し、春休みでちょうど時間があった彼らがなんだかんだで四人で自転車を走らせたり、そのあとお酒を飲んだりすることになり、せっかくだからとついでに声をかけてくれた、らしいのだけれど。説明されても、いきさつはさっぱり理解できなかった。私と荒北が知り合いだと知った新開くんが、合コンのあと荒北に連絡を取ったのは、まあわかる。それから、その連絡を機に元チームメイトで走りに行こうというのも納得はいく。そこにライバルだったり今のチームメイトだったりする金城が誘われたのもそこまで不思議なことじゃない。そのあと飲みに行くのだって、大学生だからそういうこともあるだろう。問題は、なぜ私まで誘われているのかということだ。場所は静岡にするし、日程も帰省から戻ってくる日に合わせるとまで言われてしまっては断りようもなく、結局、福富くんと荒北の間に収まりながら、私は甘いカクテルを注文した。ちなみに、四人は昼に富士山周辺を走ってきたそうだ。

「そういえば、高校時代の荒北ってどんな感じだったの」

二杯目のファジーネーブルを空にしたところで、この前聞けなかった疑問を口にする。それに反応したのは新開くんで、フライドポテトを飲み込みながら、もごもごと何か言おうとしている。

「リーゼント」

「……リーゼント?」

不明瞭ながらもなんとか拾い上げた単語は予想外で、思わず聞き返す。

「そう、リーゼント。整髪剤でガッチガチにかためたやつ」

こんなの、と新開くんの手が頭の辺りの宙をうろついた。聞き間違えかと思ったのに、そうではないらしい。リーゼント。ずいぶん時代錯誤な響きの言葉だ。そんな昔の話引っ張り出してきてんじゃねぇ、と荒北が隣で怒鳴っているから、事実ではあるのだろう。知ってた、と金城に目配せをすると、首を振られた。すごい。いま、私、金城と目と目で会話した。

「高校のときの荒北は、そうだな、影で努力のできる男だった。そして、結果を出せる男だった」

私がくだらないことに感動していると、福富くんが真剣な顔でそう言った。今度は荒北もおとなしい。と、思ったら、照れているらしい。ビール一杯ちょっとでそんなに酔うはずがないから、耳が赤いのは、つまり、そういうことだろう。
それからしばらく、福富くんから昔話を聞いたりして、ふと右隣を見ると、荒北はそれなりに酔いが回っているようだった。ハイボール片手に、熱燗を傾ける金城に絡んでいる。新開くんはお酒よりも食べ物に夢中だ。

「荒北は、いつもこうなのか」

私が少し体勢を変えたことで、荒北の状態が目に入った福富くんに尋ねられる。どうだろう。私は記憶を探った。宅飲みでは、せいぜいほろ酔い程度にしか飲まないから、こんな荒北を見るのははじめてかもしれない。部活の飲み会とかだと、また違うのだろうけれど。

「いつもは、私が先に酔って寝ちゃうからなあ。こんなに酔ってるのは見たことないかも」

正直にそう答えると、突然背後から肩に腕を回された。

「そーそー、そうすっともう起きねぇから、オレがベッドに転がしてやんの」

耳にかかる息からアルコールのにおいがする。視界の端で金城が苦笑した。今日の荒北は、いつもよりかなりスキンシップが派手で、ついでにおしゃべりだ。

「おまえたちは、その、付き合っているのか」

困ったように眉を下げて、福富くんは私と荒北を交互に見た。福富くんも、こんな荒北ははじめてらしい。私は荒北の腕を避けながら笑う。いつふざけて絞められるかわかったものじゃないから、なるべくこの状態ではいたくないのだ。酔っぱらいに手加減を期待するのは難しそうだし。

「付き合ってないよ。その予定もないかな」

なんだ、まだ付き合ってなかったのか、と言う金城は無視して、あまり好みの味ではなかった厚焼き玉子を四杯目のカシオレで流し込む。砂糖が多めの玉子焼きよりは、だし巻きが食べたかった。

「じゃあ、オレとかどう?」

「遠慮しとく」

即答は酷くないか、本気じゃないくせに、なんてやり取りを新開くんとする。この、軽口を言いあえる感じは悪くないけれど、彼と付き合うところは想像できそうになかった。そもそも、誰かと交際する自分というものが想像できない。


荒北がテーブルに突っ伏して寝はじめたので、飲み会も解散しようということになった。福富くんと新開くんは、荒北のアパートに泊まるそうだ。家主は酔いつぶれているけれど、お酒を飲んでいない福富くんと、ほとんど酔っていない新開くんがいるならば安心だろう。金城はそれなりに飲んでいたわりにけろりとしているから心配ない。私はリッチにタクシー帰宅だ。飲み会のお代を払おうとしたら、誘ったのはこちらだから、それはタクシー代にするようにと気を遣われてしまったのだ。どう頑張っても受け取ってくれなかったから、ありがたくそうさせてもらうことにした。家に着いたら、メイクだけ落としてすぐに寝よう。乗り込んだタクシーの窓越しに四人に手を振って、私はシートに体を預ける。楽しくはあったが、さすがに疲れた一日だった。
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