Eden



静岡の夏は、箱根よりも暑い。近くのコンビニで買ったアイスが溶けないうちに、早足でアパートの階段を上りインターホンを押す。はあい、というのんきな返事を一応待ち、勝手にドアを開けて中に入った。家主が外出と就寝のとき以外に鍵をかけないことなど、とうに知っている。

「いらっしゃい」

「おう。……お前、なんつー格好してんだヨ」

「暑いから」

出迎えにきたみょうじは、部屋着のショートパンツにタンクトップ姿だ。去年の夏はデニムのショートパンツにTシャツだったというのに、この一年でオレの扱いはずいぶん雑になった気がする。最初の年はお互い距離をはかりながらで、二年目はその距離を少し詰めてみたりもしていたが、今年はもはや遠慮など必要なくなったようなところがある。風呂あがりやら寝起きやらを散々見て見られている関係だ、いまさらどうということもないけれど、こいつはオレが男だと忘れているのではないかとたまに思わざるをえない。

「アイス冷凍庫に入れてくるから座って待ってて。麦茶でいいでしょ」

ありがとね、と言い残してキッチンへと消えていく後ろ姿を見送って、オレはリビングの定位置へ腰を下ろす。それから一分も経たないうちに、みょうじは涼しげな麦茶のグラスを持ってきた。

「荒北は課題いくつあるの?」

「専門のレポート二つと、ゼミ関係が一つ。お前は?」

「休み明けのゼミでやるディスカッションの準備だけ」

「何だよそれ、羨ましい」

「案外と面倒だけどね。でも、そっちよりは楽だと思う」


ふと画面の端の時計を見ると、パソコンに向かって課題をはじめてから二時間が経っていた。冷房といえばぬるい空気をかき回す扇風機しかないせいで、背中がじっとりと汗ばんでいる。オレの部屋も似たようなものだが、日当たりのいいぶん、みょうじの部屋の方が暑い。休憩がてらアイスでも食べよう。そう思い立ったオレは、とっくに氷の溶けた薄い麦茶を一息に飲みほし、キッチンを目指す。みょうじは六法と判例を睨みつけていた。

「アイス、食おうぜ」

財布に優しい値段の、ソーダ味。夏に食べるこれが、みょうじはとても好きらしい。ようやく課題から顔を上げたその目の前に、袋から出したアイスをぶら下げてやる。百円もしない手土産でこんなに嬉しそうにするのだから、安あがりな女だ。

「うわ、落ちちゃった」

オレが最後の一口を食べ終えて、棒をゴミ箱に投げるのと同時に、みょうじは情けない声でそう言った。好きだというわりに、食べるのがヘタなのだ。座布団代わりにしていたクッションにでも落としたのかと振り返れば、しきりに胸元を気にしている。

「荒北、ちょっと、ティッシュか……できればタオル、取ってきてくれない」

タンクトップの、広めに開いた首回りに、明らかに汗ではない水滴がついていた。中に入っちゃって、と続いた言葉を聞かなかったことにして、タオルを取りに行く。たとえみょうじが忘れていようとも、オレだって健全な男なのだ。だから、服を引っ張って覗き込もうとするのはやめてほしい。ちらりと見えた谷間を脳内から追い払うべく、大きくため息をついた。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -