Eden


講義棟を出ようとすると、雨が降っていた。それも、結構な勢いで。

「なまえチャン、傘持ってる?」

「折りたたみなら」

「自転車?」

「自転車。まさか降水確率十パーセントで降るとか思わないもん」

「だよなァ」

ざあざあと音をたて、アスファルトで跳ね返る水の粒は大きく、傘なしで屋根の外に出ようものなら一瞬で濡れ鼠になりそうだ。朝は快晴、天気予報は晴れ。こんな大雨になろうとは、誰も予想だにしていなかったに違いない。

「私は自転車で帰るから、荒北が使っていいよ、傘」

「いや、フツーに考えて自転車はムリだろ。この雨だぞ」

「でも置いてく訳にいかないし」

眉を下げて、みょうじはそう言った。心無いやつらのイタズラがあとをたたないこのご時世だ。ロックしてあるとはいえ、愛車を一晩外に停めておくというのは確かに不安だろう。基本的に性善説を信じきっていそうなみょうじでも、そこはそうらしい。

「わかった。傘貸せ。お前の自転車部室に置いて戻ってくっから。絶対そこ動くなよ!」

半ばひったくるように折りたたみ傘を手にして、駐輪場まで走る。一歩進むたびに足元を濡らす雨水がうっとうしい。すっかり覚えてしまった四桁の数字でロックを外し、なるべく濡らさないように押してサークル棟へ運んだ。無人かと思っていた部室には、意外にも電気がついている。カギを開ける手間が省けたので、傘をたたむのもそこそこにドアノブを回した。

「どうした、雨宿りか」

反射的に身を引きたくなったのをこらえて、完全に部室へ入り込む。椅子に座った金城が、手元の教科書からこちらに視線を向けた。厄介なやつに会ってしまったと悔やむべきか、説明が不要な相手でよかったと考えるべきか。どのみち誰がいたとしても面倒なことには変わりない。

「違ぇヨ。これ見りゃわかんだろ」

体の後ろにあった白い自転車を前に出すと、金城は納得したように頷いた。

「そうか、それはすまない。てっきり傘がなくて帰れないのかと」

こいつの、しれっとこんなセリフを吐くところが気にくわないのだ。だが、オレが傘を持っていないのも事実で、噛みつくこともできやしない。

「そう言うお前こそ、傘はァ?」

どうせ持ってるんだろうなとは思いつつも、一応たずねてみる。みょうじの自転車は、ビアンキの隣に並べて置いた。そこらにあった紙に荒北と書いてサドルに乗せておけば、触るやつはいないだろう。

「折りたたみは常にカバンに入れてあるんだ。……ずいぶんとひどい雨だからな、弱まるのを期待して課題を片づけていた」

予想通りの答えに、もはや驚きはない。だいたいの事柄において、金城という人間はやたらと周到なのだ。一年と少しの短い付き合いのオレでも、日常のそこかしこから感じ取れるくらいには。今回もそうだったからといって、いまさらどうということもなかった。

「あっそ。じゃあな、転んでケガすんなよ」

「荒北こそ、風邪ひくなよ」

去り際に投げかけた言葉は、ヒット性の当たりで打ち返された。

「るっせ!」

先輩がいたら怒られるくらいの力でドアを閉める。雨はまだ、弱まる気配を見せない。
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