Eden


みょうじが愛車を引いて、店の裏口から表通りへと出てきたのは、九時二十分よりも若干早い時間だった。薄暗い道でも、白のデローザはよく目立つ。

「ほんとに待っててくれたんだ、ありがと」

疑ってなんていなかったくせに、そう言ってみょうじは笑った。街灯の明かりが、まつげの影を頬に落としている。今まで日中にしか会ったことがなかったせいか、その様子はなんとなく物珍しい。

「ハ!遅ぇんだヨ。とっとと帰んぞ」

「うん、そうだね。明日も学校だし」

爪先でアスファルトを蹴ってペダルを漕げば、すぐにスピードに乗りはじめる。すいすいと進んで行くみょうじと、そのあとを追うオレの間に会話はなかった。話しかけられれば応えるだろうし、きっかけさえあればオレだって話しかけるだろうが、そのきっかけが、今はない。
それから踏切を越えて、やけに待ち時間の長い信号に捕まるまで、きっかけはないままだった。

「これ渡って、次の次の信号で止まるね」

赤信号でブレーキをかけたみょうじは、地面に足をついてハンドルにもたれかかる。その隣に並んで、俺も同じようにした。

「つーか、普通に店員やってんのな、お前」

「それなりに様になってるでしょ?」

「カフェオレ置くとき手ェ震えてた気がすんだけど」

「……気のせいよ、気のせい」

「どーだかな。ほら、青」

指をさして信号が変わったのを教えてやると、みょうじは思い切りペダルを踏み込んで加速していった。どうせ止まる場所までたいした距離はないのだからと、オレは急ぎもせずついていく。二つ先には自販機があるようで、そこだけが周りよりも格段に明るい。みょうじがいるのも、小銭を入れて何か買おうとしているのもよくわかる。

「あんま先行くんじゃねぇヨ。送ってる意味なくなんだろ」

ペットボトルが落ちる鈍い音がして、続いてお釣りが落ちる軽い音がした。横着してサドルに跨がったまま物を取ろうとするみょうじが危なっかしくよろけるのを支えながら、何気なく自販機を眺める。四角い枠の内側、行儀よくサンプルが収まるその端の方に、ベプシがあった。ついでに買っていくか、とみょうじから離れ、後ろポケットにあるはずの財布を探る。カフェオレなんて慣れないものを飲んだせいで、まだ口に味が残って気持ちが悪い。

「これでしょ」

オレが財布を取り出すよりも早く、みょうじは買ったばかりのペットボトルを揺らして言った。容器を満たす茶色い液体も、それに合わせてちゃぷりと揺れる。

「送ってくれたお礼にあげる。ありがとね」

投げ渡されたベプシをキャッチしたときにはもう、みょうじは近くのアパートに入っていくところだった。オレの視線に気がついたのか、階段の途中で手を振ってくる。自転車を運んでいるのに片手を放して大丈夫なのかと思ったら、案の定よろけてたたらを踏んだ。つくづく危なっかしい。

「……これ、今開けたら噴き出すんじゃねぇの」

みょうじが無事に部屋にたどりつくまで見送って、ふと思う。投げ渡されたときに、これは振られていなかったか。試しにほんの少しキャップを緩めると、不穏な気配がする。

「飲めねぇだろ、バカ」

電気のついた部屋に向かって、聞こえないに決まっているのに、そう呟いた。
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