Eden


いつも通り教室に入って、少し丸まった、見慣れた背中を探す。座る場所もだいたい固定されはじめる今の時期、この時間なら、定位置で寝ているはずのみょうじは、今日に限って見つからなかった。しかたがなく、みょうじの定位置の隣、オレがこの講義でよく座る席に腰を下ろして頬杖をつく。普段あいつがしてくれているように、二人分のプリントを確保して待っても、姿はおろか、連絡すらない。そして、あらかたの学生がプリントを取り終え、教授がマイクの準備をしだした頃、ようやくケータイがメールの受信を報せてきた。プリントお願い、という件名に、本文はなし。ノートはいらねぇのかヨ、と揚げ足取りのようなツッコミを心中でしつつ、了解だけの返信をする。空っぽのままの隣席に違和感を覚えつつ書いたノートの文字は、なぜかいつもよりも雑然としていた。


そんなことがあったのが一講のことで、それから別々の講義を取っている二講と昼休みを挟んでからの三講の時間、基礎数学の教室に行くと、既にみょうじが机に伏せていた。規則正しい呼吸を見るに、眠っているらしい。人の気も知らねぇで、と思ったが、そもそも知られてたまるかと思い直し、取り出したノートの角で軽く頭をどつくだけにしておく。

「……痛い」

ノートがヒットしたところを押さえて、みょうじはのそりと顔を上げた。その頬の血の気のなさに、オレは途端に気まずくなる。明らかに、体調のいいやつの顔色じゃない。

「荒北かあ、おはよう。出席はバッチリ?」

「おう。ついでにノートも取ってやったぜ」

「ありがと、今度ベプシ奢るね」

力なく座席にはりつく様子は、見慣れたみょうじの姿とはかけ離れている。この教授は出席に厳しいから、無理して来たに決まっていた。一回くらい休んでも大したことはなさそうだが、出席点が加算される以上、そうまでする理由もわかってしまう。フル出席で更に加点などと言われていては、尚更だ。

「この授業が最後だよなァ」

「うん」

「まさか自転車で来たとか言わねぇよなァ」

「うん」

「じゃあ寝とけ。で、出席票だけ書いて出せ。終わったら送ってってやるからヨ」

「うん。ごめんね、ありがと」

ベプシ三本は貰わないと割りに合わないと考えつつ、黒板に並ぶ数式を、消されるより先にノートに写す。カバンを枕にするみょうじの横で書いたそれは、さっきよりは幾分かキレイだった。
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