図書館のテーブル、向かい側に座る荒北は、ああでもないこうでもないとシラバスを捲っている。学務課でシラバスと一緒にもらえる時間割表は文字と二重線とで埋めつくされ、もはや何がなんだかわからない。自分では解読できてるのかな、と余計な心配すらしてしまう。
「次、何のオリエン出るの?」
枠いっぱいに書かれた無機化学は塗りつぶされていて、時間割を逆さまに覗き込んでも、次にどの講義を取ろうとしているのかは知れなかった。枠外にメモ程度に殴り書かれた文字の解読は、私には荷が重い。
「次ィ?応用物理だけどォ」
机に突っ伏した荒北が気だるげに答えた。投げ出されたシャーペンが、私のところまで転がってくる。それを拾い上げて開きっぱなしのペンケースに入れてやりつつ、あらかた決まった自分の時間割に目をやった。
「残念、別々かぁ」
「この時間、他に何かあったっけェ?」
「理工はないかもしれないけど、うちは憲法と、なんだっけな、行政法か何かあるの」
そういやお前法学部か、と失礼なことを言う荒北に、めいいっぱい腕を伸ばしてデコピンをする。きちんと自学部科目も履修しているのに、この扱いは心外だ。私だって六法より数式とよろしくしたい。もっとも、自分で選んだ進路だから、今さらどうこうするつもりもないけれど。それに、やってみたら法学も結構面白かったのだ。数学や化学の方に、より興味があるというだけで。
「私がいなくて寂しいからって、そんなこと言うんじゃありません」
大して痛くもないくせに額を押さえる荒北は、あからさまに呆れたような表情を作っている。私はこれからぶつけられるであろうバカという言葉に備えて、盾代わりにペラペラの時間割表を構えた。しかし、意外にも、荒北は黙ったまま荷物をまとめはじめてしまう。
「もしかして、図星?」
「るっせ。違ぇよバカ」
そこでチャイムが鳴り、カバンを持った荒北は立ち上がって歩き出した。まだ支度途中の私を置いていくなんて、友だち甲斐のないやつだ。でも、横を通りすぎるときに見えた耳がほんのり赤かったから、走ってその早足な後ろ姿に追いつくのはやめてあげようと思う。