言われた通り、チューハイの入った袋を片手にみょうじの家のドアを開ける。漂ってくる匂いからすると、今日は揚げ物のようだ。
「おジャマしまァす」
「おかえりー」
噛み合わない挨拶にも、もう慣れた。テーブルに並べられている皿を横目で窺いつつ、チューハイを冷蔵庫に放り込みに行く。代わりに麦茶のピッチャーを持って戻ると、いつもよりも多い皿の上には、やはり揚げ物が鎮座していた。このボリュームを見ると、冷蔵庫の中でやたら存在を主張するケーキらしき箱のことは、できれば気にしないでおきたいところだ。
「サーモンのマリネに、クラムチャウダー、スコッチエッグ。あと、ポテトフライとオニオンフライね」
「……作りすぎじゃナァイ?」
「フライはあとでおつまみにするからいいの、ほら、食べよ」
確かに、フライを除けば普通の食事の量だと言えなくもない。運動後ということもあってか、余裕で完食できた。ただ、問題はその後に出てきたケーキだ。小さめとはいえ、ワンホール丸々生クリームでデコレーションされたそれは、箱がなくなったせいか、冷蔵庫にあったときよりも存在感を増している。
「どーしたの、これェ……」
「春休みだし、暇だったから作っちゃった。なかなかいい出来でしょ」
胸を張るみょうじに切り分けられたケーキを詰め込むと、さすがに胃が限界を訴えてきた。ダイニング部分のテーブルから、リビングのラグの上に移動して一息つく。クッションを枕にテレビを眺めていると、いつの間にか日付が変わりそうな時間だった。オレがそれに気づいたのと、座椅子でうとうとしていたはずのみょうじが立ち上がったのはほとんど同時で、突然動いたみょうじに何事かと振り返ったときには、その姿はすでにキッチン付近にあった。
「危ない危ない、寝ちゃうところだった」
缶を二つ抱えて、座椅子ではなくオレの隣に腰を下ろしたみょうじは、そのうちの一つを手渡してくる。自分用には、わざわざ探して買ってきた炭酸なしのカクテルを、きちんと見つけて持ってきたらしい。
「つーか、お前、酒なんて飲んでいいのかァ?」
「いいのだよ。もうちょっとしたらね」
ごー、よん、さん、にー、いち、ぜろ。みょうじのカウントダウンに合わせ、テレビの右下の時計がゼロ三つに表示を変える。
「荒北、誕生日おめでとうございました!でもって、誕生日おめでとう私!」
そう言って、みょうじはプルタブの開いた缶を、まだ開けてもいないオレの缶にぶつけてきた。もうちょっとしたら、でなんとなく察せはしたが、こいつは今日が誕生日らしい。
「そーいうことは早く言えヨ。このバァカチャンがヨ!」
プルタブに爪をかけて引くと、ぷしゅりと炭酸飲料特有の音がする。開けたばかりのそれを、オレはみょうじの持つ缶にぶつけ返した。