ね、メアド教えてよ、と飾り気のないケータイが俺に向けられた。ストラップも何もついていない四角いそれを一瞥して、オレもポケットからケータイを取り出す。
「アラキタくんのやつ、赤外線どこ?QRコードの方がいい?」
この間、金城も含めた三人でメシを食いに行ってから、みょうじなまえという名前のこいつは、前よりも積極的に話しかけてくるようになった。煩わしくはない。むしろ、最初からそこに居場所があったかのように、みょうじなまえはオレの日常にするりと入り込んできた。高校のときのやつらとはまた違う、居心地のよさ。
「赤外線でいーんじゃねぇの?ホラ、送んぞ」
「よしきた!受け取る!」
交互に送受信して電話帳を開くと、そこにはみょうじなまえのデータがあった。それはあちらにとっても同じことで、みょうじはオレの名前を確認して喜んでいる。何がそんなにうれしいのか知らないが、その様子を見ていると、どうにもくすぐったくてしかたがない。
「昨日、偶然金城くんに会ってメアド交換したんだけど、そのときにまだ荒北くんのは聞いてないことに気づいたんだよね」
自転車のこととか、講義のこととか、とりあえずいろいろよろしくね、とみょうじは笑った。ちなみにさ、に続く言葉の想像がつくのは、最近金城と似たようなやり取りをしたせいだろう。
「実家で飼ってる犬の名前だヨ」
「そうなんだ、かわいい?写真あったりする?」
意外な食いつきのよさにたじろぎつつも待ち受けを見せると、かわいいを連呼して画面を覗き込んでくる。それからおもむろに自分のケータイを操作しはじめたかと思うと、オレに画面を見せてきた。
「私の秘蔵のネコさん写真あげるから、アキちゃんの写真もくれませんか!」
「……別に、いーけどヨ」
道端で撮ったらしい猫の写真が並ぶケータイを手に、今にも頭を下げそうな勢いでそう言うみょうじは、やっぱり変な女だった。