小説 | ナノ

 かわいくなりたいと願うのは女の子なら誰でもそうだろう。

「あだっ」

 女子高生らしからぬ低い声が漏れた。ヒリヒリ痛むまぶたをさすりながらまた手鏡を覗きこむ。

「なに!?」
「肉はさんだー、いった」
「なにしてんの」
「まつげあげようとビューラーやってたんだけど」
「ビュッ……正気?」
「なにその目。あたしだってビューラーくらいやるわ…今初めて触ったけど」

 カチャカチャと数回指にはめたビューラーを退に見えるように動かした。いぶかしげな顔であたしを見つめたあと、ジミ男はため息を吐いて続ける。

「…なんか最近変だよ」
「へ、変?」
「急に化粧とか始めて。そのてかてかの爪だってそうだし」

 そう言って指差したのは数日前に塗ったピンクのネイル。と言っても校則があるのでだいぶ薄い色だけれど。ちなみにすこしはみ出していることには見ないフリ。

「え、似合わない?だめ?」
「だめっていうか急にどうしたのかなって」
「ま、まァあたしも女としての第一歩を踏み出したっていうかー」
「ふうん」

 視線をさ迷わせながらそう弁明すると、全然信用していない目でじっとり見られたあと書き途中だったらしい日誌を開いた。どうやらこの話はもう終わったみたいだ。
 女としての第一歩云々はただのヘタな言い訳でしかなく、目の前にいるこの冴えない男にかわいいって思わせたいという野望のためだ。まあ化粧やネイルに気づいてくれただけよしとしよう。

 フンフンと鼻歌を歌いながらさっきの続きをする。今度は挟まないようにじっくり鏡を見ながらそっと親指と人差し指を動かす。

「山崎くん」

 ふとかわいらしい声が響いて、あたしの心をざわめかす。ぴくりと肩を震わせた退は呼ばれたほうへと駆けていく。
 教室のドア付近で話をはじめた2人をじろりとねめつけてまつげを一ミリでも高く上げようとただ一心にビューラーを動かす。だけど自然と耳がかたむいてしまう。距離があるせいでなんの話をしているのかまでわからないけれど、何度か見たことのあるあの子は退と同じ委員会の子だ。
 同じクラスの男子がかわいいと言っていたように、同性のあたしから見てもかわいい。途端に自分のはみ出したネイルやいびつに上がったまつげが全部みすぼらしく思えてきて、同時に恥ずかしくもなる。なにひとつ敵う要素がない。

 敗北感でいっぱいのまま退に視線を移すと、心なしか退の目元がだらしなく下がっているような気がして今度はイライラ。
 あたしと話すときはいつも説教まじりで、あんな風に笑ってくれないくせに。そんな恨めしげな視線にさえ気づかずに、にこやかに笑っては楽しそうに会話をしている。

「じゃーね、山崎くん」
「うん」

 ようやく話を終えたらしく退がこちらにやって来た。なんだか、顔がほんのりと紅い。
 そういうあたしとあの子に対する小さな差が気に入らなくて、けっと吐き捨てるとようやく退があたしに気づいた。

「まだ化粧してるし」
「ほっとけジミー」
「……なんか怒ってる?」
「うっせ」
「…まァいいけど」

 いいのかよ!すこしは気にしろ!いやしてくださいお願いします。
 イライラしている理由も聞かれず流されて、もうすこし粘れよと心のなかで毒づいた。

 鏡から目を離してかまってモード全開で見つめても、退はさっきの女の子から渡された紙切れにペンを走らせていた。
 なんだよちくしょう。目の前にこんなプリチーな女の子があんたを射ぬきそうなほど熱く見つめてるっていうのに。ちょっとくらい、こっち見ろ。

「いたっ」
「あ、ごっめーん」
「…今わざと足踏んだでしょ」
「やだ山崎くんたら自意識過剰ー、事故に決まってるじゃあん」

 あいにくあたしは袖を引っ張って上目遣いで見つめるような高等な技は持っていないので、小学校男子レベルの気の引き方を使う。
 やっとこっち見た、と満足感でいっぱいのままにまにま笑っていると退が諦めたようにため息を吐く。

「もーいいよ」
「ふふふ」
「なに?気持ち悪い」
「ひどっ!でも退だから許す」
「……あ、ありがとう」

 あの子はきっと知らないんだろうなあ。退をイライラさせたり、呆れさせるのはきっとわたしだけにできる特権。
 ……あれ、悪いことしかないや。

「じゃ、そろそろ行くね」
「え?どこに」
「これ、届けに」

 持ち上げて見せたのはさっきの紙。ということはまたあの子に会いに行くんだ。

「ちょ、ちょい待ち!」
「なに」
「えっと、今はやめたほうがいいってあたしの第5感が言ってる…気がする」
「…いい加減怒るよホント」
「退がそう言うときはすでに怒ってるんだよ!」
「わかってんなら、はやく手離して」

 退のばか!他の女の子のとこに行かせたくないあたしの微妙な乙女ゴコロに気づけよ!とは言えるはずもなく、代わりにうううー、と唸りながらぐいぐいセーターを引っ張ってみる。すこしぐらい気持ちが伝わるように。

「はいはい、あとでかまってあげるから」
「!」

 よしよし、と突然頭を撫でられて予想しなかったまさかの行動にぱっと手を離してしまう。
 すこし伸びてしまったセーターを気にしながらじゃあまたね、と手を振って去っていく。うまくあしらわれただけなのにどうしようもなく心臓がうるさくて、驚くくらい顔が熱い。



ザ・女の子


かわいくなりたいのは、他ならぬあんたのため