「こんな高いところ…どうしようわたし普通の格好で来ちゃった」 「大丈夫ですよ。それに、個室を予約したので人の目は気にしないでください」 今夜、大きなホテルのレストランに彼女を誘った。 アポロンメディアに勤めている彼女と偶然一緒に働く機会があってから、僕のほうから熱心なアプローチをしてようやくこの約束をとりつけることができた。警戒心の強い彼女とここまでの関係になるのはかなり大変だったが、まあいい。 僕は今日、この人を自分のものにする。 「あの、メニューは…?」 「予約したときに頼んでおきました。もちろん貴方の嫌いなものは並べないよう言っておきましたから」 あらかじめメニューも決めておいた。女性の好きそうな野菜中心のヘルシーなもの。そしてデザートはすこし豪華に。 「すごいね、バーナビーくんは」 「…それほど今夜を楽しみにしていたんですよ」 にこりと笑いかけると、ほんのり頬をピンクに染めて目をそらした。そういう些細な仕草でさえ愛しくて、僕の脆い理性を揺さぶっていることを彼女はわかっているのだろうか。 失礼します、とウェイターがグラスとボトルをテーブルに並べる。 すると彼女は困ったように眉をよせて小さな声でこう言った。 「わたし、お酒は…」 「すいません!苦手でしたか?」 「ご、ごめんね」 「謝るのは僕のほうです。貴方と食事に行けることに舞い上がって先走ってしまいました」 うつ向きながら呟くと、視界の端に慌てたように口を開く彼女の姿をとらえた。 「わたしなら大丈夫!せっかく用意してくれたんだから、お酒飲もう」 「ですが……」 「ほら」 グラスにお酒をついで僕に手渡ししてくれる。それじゃあ、と彼女とグラスをカチンと合わせてそれを傾けた。 彼女がお酒が苦手だということを僕が知らないはずがない。メニューを先に設定しておくことで、彼女自らがお酒を頼まない状況を避けた。そして優しい彼女へつけこんでどうにかお酒を飲むようにしむけた。 世間や彼女が思うほど僕はキレイなわけじゃない。 「大丈夫ですか?」 食事がすすめば、お酒もすすむ。それに比例するように彼女の顔も赤くなっていく。 「だ、だいじょぶ」 少々呂律もまわらなくなってきたようだ。 そろそろ、いいだろう。とろんとした彼女の瞳に吸い込まれるように近づく。そうして吐息まじりに耳元で囁く。 「すこし、上で休みましょうか」 心は時間をかけて落とせばいい。ならば身体だけでも僕のものにしたい。 汚いほど足掻いて、かっこよさの欠片も在りはしない。だけどそれだけ精一杯なんだ。余裕がなくなってしまうほどに、彼女が好きなんだ。 悪い子 |