小説 | ナノ


同じクラスの流川くんに告白された。好きだ、と言われてわけも分からないままキスをされた。そして流川くんの綺麗で整ったお顔に握りこぶしで思いきり力をこめたパンチを捧げてしまった。
いつものように授業が終わったあと、まさかこんなことになるなんて。ズキズキと鈍く痛む頭を抱える。



議題1:数秒前の平凡で普通の人生はどこへ消えたのか



友達に言いたい、相談したい。でも言ったら絶対に殺されるし明日になったら口をきいてもらえないかも。なぜなら友達は流川くんの大ファンだから。
もうなんでこんなことになったんだろう、とうんうん唸ってみても事態は好転しそうにない。

そりゃあたしだってあの天下の流川くんに告白されたのだから、むちゃくちゃ嬉しい。でもキスって!あたしのファーストキスはあんなあっけなく終わってしまった。本当は理想だってあったのに。まさか流川くんがあんなことをするなんて、と少しいやかなりショックを受けた。




「なまえ、」

「え、あ」


ふいに、名前を呼ばれて振り返ると流川くんがあたしを見つめていた。(正しく言うと見下ろしていた)そして反射的に猛ダッシュでその場から消えることにした。
無理無理無理!目を見ることも同じ空気を吸うことも、今のあたしには厳しい。断じて照れているわけじゃないけど、脳裏にはあのキスシーンがちらついて離れない。ほんとに全然これっぽっちも照れてないけど。

とりあえず後ろを振り返って流川くんが追いかけて来ないことを確認する。あの高い背ならすぐに見つけられる、と見渡してみてもそれらしい人はいない。
よかった、と息を吐き教室に戻ろうと足を踏み出した。途端、なにか大きなものにぶつかった。温かさがあったからたぶん人だろう。


「ごめんなさい」

「なまえ」

「るかわ、くん……」


追いかけていたのだろう、息を荒くした流川くんがあたしの手首を掴む。抵抗する暇もないくらい、すばやい。


「逃げんな」


あまりにもつらそうな表情に首を何度も縦に振る。そんな顔を見るのは初めてでごめん、と謝る。気にすんなとでも言うように頭を撫でられて体が熱くなる。


「なまえ」


流川くんに名前を呼ばれて顔をおそるおそる上げる。肩に手を置かれて、その場所からどんどん流川くんの温度が広がっていく。




「好きだ」


まっすぐにあたしを見つめるその目をそらすことなんてできない。初めて言われた『好き』のときより胸がドキドキと音をたてている。


「……あ、あたしも」


目を大きく見開いた流川くんに今度はもっと大きな声で。


「あたしも流川くんが好」


すべて言い終わる前にぎゅっと抱きしめられた。制服のシャツ越しに流川くんの体温や心臓の音が聞こえる。
胸を張って流川くんが好きだとは言えないけど、すがってみようと思った。もっと一緒にいていろんな顔見たいって思ったんだよ。

少しでもこの気持ちが伝わればいい、と流川くんの広い背中に手を伸ばした。


090722<