小説 | ナノ


「三井」

「おう。今帰り?」

「うん」


夕日に照らされた下駄箱で大きな影が差す。久しぶりだね、なんて話しながらゆっくり歩き始めた。


「最近バスケどーよ」

「楽しいに決まってんだろ」


にやりといたずらっぽく笑う三井にぎゅっと胸を掴まれるような感覚に、思わず目をそらした。
三井のことなら全部知ってる。それは幼なじみという関係だけじゃなくて。でもそんなわたしの気持ちを三井は知らない。


「よかったね」

「あ?」

「バスケ、ずっとしたかったんでしょう」


今度はわたしがにやりと笑うと、三井が気まずそうに頭を掻いた。うるせーよというその耳はほんのり赤くて。自然とまた笑みがこぼれてくる。

挫折してバスケを辞めたことも、不良とつるんでいながらもずっと未練を持っていたことも。全部ぜんぶ知ってる。でも三井は知らない。わたしがどんなに悲しくて嬉しかったか。


「そういや、」

「?なに」

「俺、彼女できた」


イェーイとピースをつくる三井は、バスケをもう一度始めると知らせてくれたときと同じ笑みをうかべていた。くしゃりという笑い方は昔から変わらずに、本当に幸せそうだ。

三井のことなら全部知ってる。最近彼女ができたことも、その女の子にベタ惚れだってことも。でも三井は知らない。わたしが今どんな顔で笑っているか、どれだけ苦しいか。



「おめでと」

「へへっ、サンキュー」


ずっと隣にいたから、三井のことはよくわかってる。今までどれだけバスケを頑張ってきたかも、彼女の知らない表情だって。
でもきっとそれだけじゃダメなんだ。それだけじゃ三井はわたしを見てはくれない。伝えなきゃ、言わなくちゃ。わたしはただただ臆病で、この関係が壊れるのを恐れてなにも言えなかった。でも三井の彼女さんは違う。好きだから伝えて、だから三井もそれに応えた。それだけのこと。それほどのこと。それはたぶん簡単で一番大変なこと、なんだろう。



「あ、」


三井の視線を追うと、夕日に反射してキラキラ光る長い綺麗な髪をなびかせた女の子がこちらに手を振っていた。途端三井の表情がふにゃりと柔らかくなって、わたしが一度も見たことのないものになった。


「……彼女?」

「まあ、な」

「はやく行ったげな。待ってるよ」

「ん」


背を向けて、ゆっくりわたしから離れていく。別れ際にじゃーなと呟いた三井の声がいつまでも耳に残っている。

三井のことなら全部知ってる。わたしをただの幼なじみとしか見ていないことも、これからもそれは変わらないであろうことも。でも三井は知らない。だから知ってほしい。わたしが三井をずっと前から大好きだということを。



たったひとつだけ、君にわかってほしいこと


090922