小説 | ナノ


たぶん三井は優しすぎるのだ。
元ヤンのくせに、背高くて目付き悪いくせに。他の誰かに対して優しい。それはきっとすごく良いことなんだろうけど、わたしにとって喜べないことで。


「な、にそれ」

「仕方ないだろ。女の子なんだし」


中学の同窓会でどうやら三井が女の子と一緒にいたらしい。(友達に聞いた)浮気!と責めたら夜遅くなので暗くなったために送ったと言う。


「わたしは送ってもらったことない!」

「それはお前がさっさと帰るから」


しらっと答える三井にイライラは増していく一方。確かに女の子ひとりじゃ危険かもしれないけど、なにも三井が送ることないじゃん。ぶすっと黙りこんでいると呆れたようにため息を吐かれた。


「もういいだろ。無罪放免で」

「まだ疑う余地はありますぅー」

「ハイハイ」


適当に相づちをうたれて文句のひとつでも言ってやろう、と口を開くと後ろから誰かがパタパタと走ってくる音が聞こえて振り返る。


「ひーくん!」


可愛らしい女の子がこちらに向かって手を振っている。もっと言うと三井に向かって。


「え、なに」

「昨日はありがとね、ひーくん」

「あァ、うん」


じろりと三井を見ると、気まずそうに頭を掻いていた。どうやら昨日のコンパの帰りに送っていった女の子らしい。
キャイキャイと高い声でわたしの知らない話で盛り上がっている。たまに女の子が三井にタッチしたり、胸を当てたりと個人的には許しがたい光景も目の前に広がっている。そしてなにより三井がまんざらでもない顔をしているのが一番腹立たしい。
もういいや、とくるりと背を向けてその場から立ち去る。


「昔みたいに戻られればいいのにね」

「いや、その」

「あの時ひーくんと別れなければよかったなあ」

「…」

「フフッ、じゃあまたね」


また足音が聞こえて女の子が去っていったのがわかる。
…ていうか。別れたってなに?昔ってその女の子となにがあったの?わたしなにも知らないんだけど。顔をしかめながらもう一度三井のほうを振り返る。


「…今のどーいうこと」


うぐっと呻いて顔に手をあてている。ゆっくり近づくとひとつため息を落として三井が話しはじめた。


「中学んときの元カノ、みたいな」

「ふーん」

「…怒ってんの」

「別に」


怒る気なんてない。(そりゃヤキモチは妬いたけど)過去のことなんていちいち掘り起こしていたらキリないし。

でも、さ。わたしが不安になってること少しくらいわかってほしい。女の子と遅くまで一緒なんて。しかもそれが元カノなんて。ただでさえ部活があって三井とは一緒にいられないのに。


「ごめんて」

「いいよ、もう」

「…だったらそんな顔すんな」


そんな顔ってどんな顔?近くの教室のドアについた小窓のようなところで自分を写す。そこには今にも泣き出しそうななんとも情けない顔があった。


「こんな顔させてんのはどこのどいつよ」

「う、……悪いって」

「いや、わたしもなんかごめんね」

「あ?」

「ヤキモチばっかでめんどくさくて」

「…」

「ごめん」

「だァー!謝んなって」

「でも、」

「ヤキモチ妬きなとこも、その……好きだし」


はじめて言われた気がする。目を丸くして三井を見つめると、照れたように頬を掻いている。


「おら、もう帰ろーぜ」

「うん!」


繋がれた右手が温かくて自然と笑みがこぼれた。元カノとかそんなの全部ひっくるめてどうでもいいや。ぎゅっと大きな手を握り返すと、三井もわたしの手をゆっくり握ってくれた。



ピンキッシュ・ピンキッシュ


title クロエ
091003