小説 | ナノ
わたしたちの関係がこんなちっぽけな電子機器で繋がってるって結構笑える。



何食わぬ



連絡は週に一回すれば良いほう。それもメールで、電話で声を聞くなんてずっと昔のことみたいに思える。2・3ヶ月に一度会ってお互いの大学のこととか友達のこととか、恋人同士で語り合う甘い話とは無縁のことを数時間話してさようなら。こんな関係になっても退は文句のひとつもなく、にこにこ笑うからそれに苛ついてしまう。

そもそもわたしと退は高校時代に出会って告白されて今に至る。大学は違ったけど場所が近かったので、たまに会おうねなんて言っていた。それがいつからこんな風になってしまったのか、わたしにもわからない。そりゃあ今だってちゃんと退のことは好きだけど、当の本人がわたしを好きか退の気持ちが見えない。不器用なほうだからうまく自分の気持ちを伝えることができないから、わざと突き放すようなことしかできなくて。言葉だけじゃなくても伝わる方法ってないのだろうか。




「ね、今日遊びに行かない?」
「ごめん、バイトあるんだ。また誘って」
「わかった。じゃあ頑張ってねー!」


バイバイ、と友達に手を振ってバイト先のショップへ急ぐ。大学から比較的近いそこは給料も良いし、他のバイトに比べるとかなり楽(こんなこと言うと店長に怒られそうだけど)。
腕時計を見て時間をチェック。大丈夫、これなら急がなくても良さそうだ。
顔を上げると、信号がチカチカと青から赤に変わろうとしていた。急ぐ理由もないので、歩いてまた青になるのを待つ。右手に持ったカバンを左手に持ちかえながら辺りを何気なく見渡す。


「…さが、る」


ふと向こう側に目をやると、数ヶ月ぶりに見た彼氏の姿。そしてその隣には見知らぬ女の子が。バクバクと急に騒がしくなる心臓。目を見張ってその様子をただ見つめる。
楽しそうに話しては笑みをこぼしている。…最後に退の笑顔を見たのはいつだったっけ。わたしといる時より楽しげで、どんどん心の傷が深くなる。

どうして2人きりなの
なんの話をしてるの
……わたしのことはもう、好きじゃないの?

すがるように見つめるわたしの視線に気づいたのか、今まで張りつけていた笑みを崩して退がわたしを見る。その場にいられなくなってくるりと背を向けて駆け出す。
こんなこと、初めてだった。いつもわたしから突き放すばかりだったからまさか退がわたしを、とただただショックで。もうダメなのかもしれない。不安は拭えずにゆっくりとわたしの心を覆う。



バイトを終えて、自分の住むアパートに帰る。真っ暗な部屋のせいか、不安や寂しさが大きくなる。本当は一番に頼りたい人も近くにいない。そう思うと、自然に涙が落ちた。
もっとちゃんと好きだって、伝えていればよかったのかな。退のことしか見えてないって、そう言えばこんなことにならなかったのかな。
気づけば携帯を持って電話帳のヤ行を探していた。そうして見つけた『山崎退』という名前を決定ボタンで押して、プルルという呼び出し音を聞いていた。



「はい」


いざ退が電話に出ると、何を言えばいいのかわからなくなっていろんな感情がぐるぐると渦巻く。


「さがる、」

「会いたいよ」


一番伝えたいこと。するすると口から言葉が出ていた。自分の言いたいことだけ言うとぱちんと携帯を閉じた。
来てくれるわけない、とわかってる。退にはわたしの他に大事な子がいるし、時間だってもう遅い。それでも最後に伝えたかった。会いたい、と。
流れ落ちる涙をぬぐうこともしないで、水滴が床を濡らしていくのをじっと見ていた。泣きながら何度も退の名前を呼ぶ。もう、届かないのだろうけど。


「…っ、さが、る」
「…………なに?」


後ろから聞きたかった声が響いて、ゆっくり振り返る。はあはあと荒い息をして肩を上下させている退が、確かにそこにいた。


「ど、して…」
「会いたいって言ったじゃん」


だから来たんだよ。
涙で揺れる視界で退の姿をじっと見つめる。退がゆっくりと近づいて、気づいたときには温かい胸の中にいた。


「ごめんね」
「…」
「不安にさせてごめん」


ぎゅっと腕に込められた力が増して、息をひそめた。…あったかい。退の温もりに酔いながら目を閉じた。


「もう泣かせないから。だから、一緒にいよう」

「一緒に住もう」


それって…。目を開ければ退が真剣な表情でわたしを見つめていた。驚きで声をなくしているとダメかな、と不安そうに眉を下げた退に思わず笑ってしまう。


「…うん、わたしも退と一緒にいたい」


そう答えると退は子どもみたいに顔を綻ばせて、もう一度わたしを抱きしめた。退はわたしのいっぱいいっぱいを平気で飲み込んで、何食わぬ顔でそれを飛び越えてしまう。ちょっとだけずるいなあ、と思いながらでも幸せな今にやっぱり許してあげようとひそかに思った。




誰も寝てはならぬ様に提出