「沖田のばかぁぁぁ!」 だだだっとうるさい足音をたてて走っていった。 …なんでィ、カバンの中に死んだカナブンを入れただけだろィ。ぽそりと呟いたそれが隣にいた土方クソヤローに聞こえていたらしく、それが原因だろ。とため息まじりに言われた。本当にこいつはうるせェ。死ね。 そりゃもう数えきれないぐらいの嫌がらせを繰り返してきた。カバンにカナブンなんてまだ優しい方だ。 あいつが精一杯やってきた宿題を燃やしたり、授業中寝てる額に『メス豚』と書いたり(しかも油性で)。その度にあいつは泣き叫んでしまいには俺に仕返しをしようとしていたが、そんなものが俺に通用するはずがなく。結果としてさらに俺が3倍にして仕返しをして、また泣くというのがオチ。 いや、悪気があるわけじゃない(でもまあゼロじゃない)。俺の場合、むしろその逆。 好きなんだ、あのバカが 悔しいことに、いつの間にか好きになっていて可愛いとかそういうガラにもないことを思ってしまう。まあ、本人には言わねェけど。ていうか言えねェ。 あいつが俺を嫌ってんのなんて知ってるし、あいつのタイプがあの土方ちんかすうんこ野郎だということもわかっている。…なんかムカついてきた。よし、土方コノヤローに一発バズーカでも食らわせてくるか。 近藤さんと話しているやつの背中目掛けてバズーカを放つ。ズドォォォン!と凄まじい音がすると同時に心が晴れていく。近藤さんも巻き込んじまったが、仕方がない。正義の上の小さな犠牲だ。アーメン ある日、ぱきりと足下でいやな音が聞こえた。なんだと思って片足を上げると変な方向に折れ曲がったキーホルダーが床に転がっていた。どこかで見たことあんな、と壊れたそれを拾い上げてみると後ろから奇声が聞こえた。 「あああああ!」 「……なんでィ、お前か。道理でうるさいと思った」 「そ、それ!」 「ああ、これあんたのかィ?悪ィな、壊しちまった」 ぷらぷらとそいつの目の前で振れば、今にも泣きそうな目で睨まれた。 「それ、トシからもらったのに!」 「あ?」 「わたしの大切な宝ものなのに!!」 ぽろりと一粒透明な液体がこぼれて、そしてそのまま走り去ってしまった。 あいつの涙を見るのは初めてじゃないのに、なぜかひどく動揺している自分がいた。大方俺がわざと壊したとか思ってんだろ。今回ばかりは今までの自分の行いを恨んで、でもすこしだけ優越感。土方からもらったキーホルダーをこうやって破壊できたのは良かった。フン、ざまーみやがれ。 そう思いながらさっき泣いたあいつの顔がまだ消えない。仕方ねェ、と走って行った方向を歩いていく。慰めてやろうか、そんでもって一言くらい謝ってやってもいいかな、なんて思っていた矢先。土方クソバカアホヤローの胸に頭を埋めて肩を震わせている後ろ姿を見つけて、そんな気持ちも一気に冷めた。 …勝手にしろ。そして死ね土方 人のいない薄暗くなった公園のブランコに乗って、さっき踏んでしまったキーホルダーを制服のズボンから取り出した。よくよく見てみれば直せなくもない。ボンドなんか家にあったか、と考えかけて止める。なんで俺があんな女のために。今この瞬間も土方といるのかと思うと腹がたつ。 乱暴にまたズボンに突っ込んで視界から消した。 「総悟」 ……………いつからいたんだ、この瞳孔開きっぱ。マヨネーズでも顔に塗りたくってやろうか。 思いきり不機嫌な顔でヤツの名前を口にする。ゆっくり近づいてくるその男から目を放して乾いた土を見つめた。 「お前いい加減にしたらどうだ」 「…」 「泣いてたぞ、あいつ」 んなこたァわかってる。しかけた悪戯の数々が自分の幼稚な愛情表現だって。そのせいで傷つけたくないやつを傷つけていることだって。あんたに言われなくたってわかってる。 「…はやく、仲直りしろよ」 「…………土方さん」 去りかけていた背中に声をかける。しゃくだが、あんたの言うことにちっとは救われてる。地球が滅亡したって言ってやんねーけど 「ボンド持ってやすか」 家に帰って真っ先に自分の部屋にこもる。ポケットからボンドとキーホルダーを机に置く。 昔からあまり手先は器用なほうじゃない。完璧に復元すんのは無理だろうな、と思いながらも手を伸ばす。 綿棒でボンドを少量取っては塗り、取っては塗りを繰り返す。数分なのかそれとも数時間経過したのか、時間の感覚がわからなくなりだしてようやく手を止めた。ふうっと大きく息を吐いてできあがったそれを見てみる。 …まあ、一言で言えばひどい。ボンドははみ出てるし、肝心の壊れた部分はまだヒビが入ってるし。でも自分にしてはよく頑張った方だと自画自賛。 人のためにこうして一生懸命になったことなんて初めてだ。ましてや誰かに笑ってほしい、と願うなんて。らしくねェ。でも事実。 指先で直りかけたキーホルダーをいじってあいつの泣き顔を思い浮かべる。そういやあいつの笑顔を最後に見たのはいつだったか。泣かせてばっかだなあ、俺ァ。自嘲ぎみに笑ってまぶたを閉じた。 明日、一番にあいつに会おう。そんでなんでもいいから一言謝ろう。それからあいつが俺に笑ってくれればそれでいい title 馬鹿 |