小説 | ナノ


俺がまだ中学2年のとき、あいつと出会った
俺より年上で、高校生。中2なんて世界で一番バカな時期だから俺はとりあえずセックスのできる女なら誰でもよかった。そんで、年上の大人の女ならなおさらよかった。

あいつはとにかく綺麗で、美人。いつも太陽みたいな匂いのするキラキラした奴だった


「晋助」


名前を呼ばれるたび、キスをして触れるたびに熱が上がる。どんなに綺麗で、優しい女でさえ敵わない




休んでばっかの学校に行くように怒られ、見張りのために登下校は一緒。クラスのやつらと仲良くするつもりは微塵もなかったが、気づけばゲーセンに行ったりコンビニでたむろったりと友達と呼べる奴らもできた。
定期テストやらで会えない日が続いていたころ、いつものように街にくり出していると


「……あいつ」


久しぶりに見たあいつは他の、俺の知らない男と一緒にいた。親しげに話してはたまに見つめあう。まるで恋人同士のそれによく似ていた
ぐっと拳を握りしめ、その光景を睨み付ける。ふざけんじゃねェあの女。好きな相手が憎くなるその感情の名前がまだ俺にはわからなかった。ただ、裏切られたんだと思った


携帯を開いてアドレス帳で適当な女の名前を探すも、あいつと付き合ってからすべて消したことに気がついた。苦々しげに舌打ちをして、次はつるんでいる友達に電話をかけた


「女紹介しろ」
「…なんだよ、急に」
「誰でもいいからはやく」


そうしてはじめて会った女はあいつと同じくらいの歳。ただ違うのは化粧の濃い顔と、香水くさい身体
誘われるままにホテルに行って、今さっき会った知らない女と肌を重ねる。このイライラを消したい。たまに浮かんでくるあいつの顔を追い出して、目の前の女に噛みつくように口付けた。


「これ、あたしのメアド。また連絡してね」
「ああ」
「バイバイ」


手渡された紙を見つめ、さっきまでの行為を思い出す。悪くなかったからまた会ってやるのもいいかもしれねェ。そんで次は他の女も紹介してもらおう。


「晋助…?」


背後で切なげに呼ばれた名前
ああ……あいつの、声だ


「今の、なに?」
「…」
「どういうこと?」
「うるせーな」
「しん、」
「遊びだったって言やァわかるか?わかったら、さっさと帰れ。二度とそのツラ見せんな」


ムカつくムカつくムカつく!先に裏切ったのはお前のほうなのに。どうしてそんな傷ついた顔してんだ
泣きたいのはこっちのほうだ、糞女


そしてそれからあいつとは会ってない。未練も、後悔もない。残ったのは憎しみだけ
好きでもない女と体を繋げて快感だけを貪った。もう恋だの愛だのしたくもない。こっちのほうが、はるかに簡単でわかりやすいだろ?




「おーい、高杉」
「なんだよ天パ」
「ちょ、敏感なとこなんだから言うなよ!…って違くて」


昼休み、屋上でメシを食べていると珍しく銀時が来た。ボリボリと頭を掻きながらやる気のなさそうな目を向ける。


「高杉が前付き合ってた彼女いんじゃん」
「……それが?」
「東京に引っ越したらしいぜ」


銀時は唯一俺とあいつのことを知っているやつ。どこからそんな情報手に入れやがったんだか
わずかな動揺を気づかれないよう、なんでもないことを装って制服のポケットから携帯を出していじり始める。


「へぇ」
「……なんだ、あんまし気にしてねえんだな」


つまんねーの。ぽつりとそう呟いて銀時は隣にどさりと腰をおろす。


「なんだよ」
「じゃあこれはビビるかもな」

「東京に行く日、今日なんだって」


ついでに言うと、高杉と別れた日に会っていた男。あれ、兄貴だったらしいぜ
してやったりのいやらしい笑みを浮かべる銀時なんてもう俺の眼中にない。


「…なんだ、それ」
「こんなとこでメシなんか食ってていーの?電車出ちゃうんじゃね?」
「っ、クソが!」


がむしゃらに走る。廊下や下駄箱を抜けて、先公が俺を呼ぶのを無視して駅を目指す。
…間に合え、頼むから

ゆっくり流れる景色を横目に思い出していたのはあいつと一緒にいた毎日。楽しかった。退屈な日々に色がついた。あいつがいたから、俺がいた




息を切らしながらフェンスをがしゃんと掴む。向かい側のホームには久しぶりに見たあいつの顔。目を丸くして俺を見つめかえすその瞳を正面からとらえるのはいつぶりか。


「東京に行くって、本当なのか」
「…………うん」
「それ、いつ決まったんだ」
「…晋助と付き合ってたころ」
「なんで言わなかった」
「ずっと悩んでたから、言えなかった」


たったひとつの勘違いだけでこんなにも離れてしまった。俺とあいつの間にある距離がもどかしい
プルルルと音が響き、電車が来る合図。別れはすぐそこ


「………俺もお前にひとつだけ嘘吐いた」
「え?」
「お前と付き合ってたの遊びだって、あれ嘘。本気で好きだ」


最初から本気だった、愛してた。中学生のガキの俺にできることなんてねェ
…お前は気づいているだろうか。まだ過去形なんかじゃない、今この時だってお前が好きだと。ガキの俺にできる最後の反抗で、意地


「晋助」


風に乗って聞こえた名前
最後に俺の名前を呟いて、あいつは行ってしまった。俺の、たぶん最初で最後の本気のレンアイ



家に帰ってベッドに思いきりダイブしてひらり、と出てきたのは一枚の写真
夏にインスタントカメラにおさめたあいつのたった一枚の写真。綺麗な笑顔を浮かべて俺を見つめるそれに口付ける

何度も捨てようと思ってはまだベッドの下にあるそれ。たまに思い出したように引っ張り出して見つめる、の繰り返し
写真中の彼女は変わらず微笑んでいる。



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