小説 | ナノ


写真の中のあの子はいつも笑っていた。わたしみたいニカッと顔全体で笑うんじゃなくて、もっと上品にふんわりと笑っていた。女のわたしから見てもかわいいと思えるような、そんな子

その写真を見つけたのは高杉の家に3度目のお泊まりをしたとき。高杉がシャワーを浴びていて、エロ本でも隠してないかなとベッド下を覗いたらそれを見つけた。ごそごそと腕を伸ばして薄いそれを指先でつまんで明るい電気の下に引っ張りだした。
写真には女の子ひとりだけが写っていて高杉や他の人はいない。どうやら季節は夏らしく、白い半袖のワンピースが風に揺られていた。じいっと写真を眺めて、ふと思う。なんでこんな場所に写真なんて落ちているんだろう。わたしに見せたくないものならもっと机の奥底にでも閉まっておけばいいのに。もう一度その写真を見つめてゆっくり元の場所に戻しておいた。




「先、お風呂入るね」
「ん」


もう数えきれないくらいのお泊まり。ベッドに寝転んでいる高杉に声をかけて浴室に向かう。服を脱いで温かいシャワーを浴びながらいつかの写真を思い出した。
あれからどうなったんだろう。捨てられた?それともそのまま放置?お風呂から出たら確かめてみよう。あの写真がまだ眠っているのか


お風呂から出て、高杉がコンビニに行ってる間に這いつくばってベッド下を覗きこむ。紙のようなものがあるのを確認して、ドキドキしながら手を伸ばす。カサリ、と音をたててその場所から出てきたのはやっぱりあの写真。
…一体誰なんだろう。持ち主のいなくなったベッドに横になってその写真を透かして見る。高杉のお母さん?なわけないか。お姉さんなんていないし、それなら元カノ…とか。十分ありえるけど高杉が元カノの写真を持っているなんてちょっと想像できない。やきもちなんてしてないけど(いややっぱり少し悔しい)、気になるなあ。わたしが高杉の名前を呼んだとき止めろと拒否されたのと関係あるのかな、なんて考えてみた。だから恋人になった今でもわたしはまだ名字で呼んでいる。いつかは晋助って呼べる日が来るといい。
そしてまた写真を元の場所に戻す。




「高杉」
「あ?」
「元カノってどんな人?」
「…なんだ急に」


雑誌を読んでいる隻眼に声をかける。めんどくさそうに顔を上げてそんなガラじゃねェだろ、と言われて妙に納得。いつものわたしだったら元カノがどんな性格だろうが、どんなに派手だろうが、気にしない。でもこうして問うてみたのはやっぱりあの写真が脳裏にあったからだと思う。


「彼女っていう位置にいるなら、誰でも元カノの存在が気になるもんなの」
「へぇ」
「…で、どういう子?」
「香水臭くてキャバ嬢みてェなやつ」


あれ、写真の子…じゃないみたいだ。むむむと考える素振りを見せると、わたしが妬いてると勘違いしたらしくくつくつ笑われた(なんだよコノヤロー)。


「まあ3日で別れたからよく覚えてねェけど」
「うわ、サイテー」
「そういやお前とは長く続いてるな」
「もう一年過ぎたもんね。もしかして最長?」
「……あァ」


なに、今の間。なんか隠してるのはわかったけど、問いつめても吐きそうにない。たぶんあの子が関係してるんだろうなあ、と女の勘。いつか絶対に聞いてやると小さく決意した。





「いいお湯でしたっ」


お風呂上がりでしっとり濡れた足の裏がペタペタ鳴る。まぬけなようなこの音がわたしはちょっと好きだ。フフフンとでたらめな鼻歌を歌ってがしがしタオルで髪を拭く。高杉ィ出たよー。そう言ってドアを思いきり開けようとした。


「たかす…ぎ、」


ドアの隙間から見た高杉は。いつかの写真を手にしてそれをじっと見つめていた。大切そうに、愛しそうに。…やっぱり、ね。その女の子が今でも好きなんでしょう?伊達に一年ちょいもあんたの彼女やってないよ、わたし。

晋助と呼ばれるのを拒んだのは、きっとその子の声を忘れたくなかったから。髪を撫でるのを嫌がったのはその子の温もりを消したくなかったから。なにかの理由で離れなければいけなかったから、せめて写真でもと大切に持っていた。
それがその女の子でしょう?


高杉が目を瞑ってゆっくりと写真にキスをおとす。写真の中のあの子はいつもと変わらない笑顔を浮かべている。



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