「先生」 「…高杉くん」 夕日に照らされた教室にいるのは私と高杉くんだけ。下校時刻はとうに過ぎたのに、生徒が残っているとばれたら怒られるのは私だ。 「もう帰りなさい」 暗くなるよ、と声をかけると興味なさそうに窓の外を眺めている高杉くんが目に入る。 「べつに暗くなっても心配ねェよ」 「あのね、」 「先生送ってくれんだろ?」 ニヤリと笑う目の前の生徒に頭がくらくらする。 先週補習をしていたらいつのまにか外が暗くなっていて、慌てて高杉くんの補習を終わらせて帰るように促した。家帰っても誰もいねェし。と言う高杉くんに同情したのと遅くまで補習をしていた詫びとして車で家まで送ったのだ。 なぜかそれ以来なつかれてしまい、今のように2人きりになることもしばしば。個人的には立場というものもあるし、あまり生徒とふたりでいるのはよくないのだけど。 「あ、れは特別だから。補習がたまたま長引いちゃったから送っただけ」 「へえ」 「わかったなら早く帰りなさい」 そしてもう付きまとわないでくれ。そう願いつつ、高杉くんの背中を押す。 「理由があるなら送ってもらっていいのか?」 「…ハイ?」 ガシッと腕を掴まれて高杉くんを正面から見つめるような構図になる。高校3年生といえばもう男性と言ってもおかしくないくらい、成長している。背も高いし、力だって強い。 掴まれた腕をふりほどこうともがいてもビクともせず、高杉くんはそんな風に抵抗する私を鼻で笑うばかり。 「っ、放して」 「好きなんだよあんたが」 思わず抵抗するのをやめ、力を抜く。今まで一度も見たことがない高杉くんの表情に不覚にもときめいてしまう。 「…ダメ、か?」 しゅん、と眉をへの字にして私を見上げる。反則だ!ただでさえ顔が良いのにそんなふうに弱気になられると言えるものも言えなくなる。 「だめっていうか、その」 「よし、じゃあ交渉成立だな」 あれ?さっきまでの高杉くんは一体どこに行ったの。 「た、高杉くん?」 「あんたも単純だな。あんなので騙されるなんて」 「なっ!」 「つーことで今日から俺とあんたは恋人同士だから」 「付き合うなんて私一言も言ってな」 「あ?」 「なんでもないです」 ぎろりと睨まれると言葉が出なくなる。いつだったか、高杉くんの親はマフィアだという噂を思い出した。聞いた時はバカらしいと思っていたけどあながち嘘ではないかもしれない。 「つ、付き合うって私は教師で高杉くんは生徒なんだよ?」 「んなの知ってる」 「ご法度なの!教師と生徒の恋愛なんて」 「それ、誰が決めたんだよ」 「う、それは」 テストの点はあんまりよくないくせに、こういう時は核心をつくらしい。口ごもる私はまたフン、と鼻で笑う。 「…じゃあ卒業まで待ってやる」 「え?」 「ただし卒業したら即あんたの家で同棲な」 「ハアアアア!?」 それこそ無理!と叫ぶとまたあの鋭い目で見られて黙るしかなくなる。 同棲って!高杉くんは未成年なのに。つか私捕まる!イヤなことしか思い浮かばない。 「じゃああと半年よろしくな、センセ」 …とりあえずタイムマシンを探すしかないようだ。 勝手に墜ちていく title 青いくじら 091004 |