小説 | ナノ

※一応現代パロです。高杉は元軍人かなにかだと思っていただければ



高杉があたしの前から消えてから早2年。当時付き合っていたあたしを置いてあいつはどこかへ行ってしまった。夕飯の買い物をして家に帰るとそこにはもう高杉の姿はなく、ついでに荷物もなくなっていた。残されたのはあたしの左手の薬指にはまったたったひとつの指輪だけ。たぶんこれだけが高杉との思い出であり、過去だった。

携帯にかけても繋がらない、どこを探しても見つからない。そこでようやく自分が捨てられたのだと気づいた。大方、あいつは美人で巨乳のお姉さんとよろしくやっているのだろう。そう考えるだけで腹が立って、絶対にあいつと付き合っていた頃より幸せになってやる。そう心に決めた。




「あー、つっかれた」


あれから仕事を頑張って、昇進して給料もアップ。彼氏はいないけど友達も増えてあの頃より幸せになった。
書類の山が入っているカバンを肩にかけ直して大げさにため息。夜道をひとり寂しく歩いていく。


「あ」


そういえば今日はあたしの大好きな俳優の出るドラマが放送する日だった。しかも今日に限って録画をしていない。腕時計を見ると放送の12分前。なんとしても見ないと!
近道である薄暗い林道を通るしかない。しかしその道は変質者が出ることで有名だ。ダッシュでいけば大丈夫だと自分を宥めてカバンを抱える。できるだけ早足で駆けていると後ろから足音が。振り返ると長いコートを着た男が後ろからついてきている。
半泣き状態で走っても、足音は比例するように速くなる。すると林からがさがさという音と男の叫ぶ声が聞こえた。


「な、なに!?」


うっすらと涙がたまった目を凝らすと男が一目散に逃げていくのがわかる。それと同時になにか大きな獣のようなものがゆっくりと近づいてきている。
月の光に照らされたものは黒い毛に覆われた狼、だった。どうしてこんな所に狼が、と思うよりはやく獲物があたしだということに気づく。逃げようにも足が震えて走ることができない。ゆっくり近づく獣をただ黙って見ることしかできなかった。

もう一度月明かりに照らされた狼の片目は傷ついている。隻眼、なのか。隻眼で、黒い毛。誰ともつるまずに狼みたいな男をあたしは知っている。


「たか、すぎ」


そう、その男によく似ている。もう二度と会えないであろう人に。
あたしが呟いた言葉に目の前の獣は動きを止め、しばらくあたしを見つめたあと草むらに逃げてしまった。いまだがさがさと音をたてるその場所をじっと見つめる。


「久しぶりだな」


その草むらから聞こえたのはあたしがずっとずっと待っていたあの人の声。


「高杉……?」


こんな所にいるはずがない、だって高杉は数年前あたしの前から忽然と姿を消した。どこを探しても誰に聞いても居場所がわからなかったのに。


「髪、すこし伸びたか」
「…ほんとに高杉なの?」
「ああ」
「ちゃんと顔見せてよ」


高杉の声が聞こえた方へゆっくりと近づく。胸が緊張と驚きでどくどくと高鳴っている。


「来るな」
「……どうして?」
「こんな姿、お前に見せられない」


こんな姿って?よくわからなくて呟くように応えた。会いたくてずっとずっと高杉のことを考えていたのに。忘れようとしたけどやっぱりまだ好きだから。今目の前にいるなら、ちゃんと顔を見たい。あの射るような目を見て話がしたい。


「…2年前、俺はお前の前から姿を消した」


それにはきちんとした理由がある。信じられないかもしれないけど、聞いてほしい。高杉の静かな声が夜道に響いてあたしの耳を侵す。

俺は昔、たくさんの人を殺した。戦争という名目で罪のない人や関係のない人を殺してきた。黒い獣だと呼ばれて恐れられていた。そんな俺もお前と出会ってからすべてが変わっていった。初めて守りたいと思うものができた。
出会って数年、ある異変が起きた。目を覚ますと以上に体が疲れていたり、記憶がなくなっていたり。気のせいだと思ったが一度や二度じゃない。不思議に思っていたある夜、喉の渇きに目を覚まして鏡に映った自分の姿を見るとそこには狼がいた。黒い毛に覆われ、隻眼の狼が。


「それって……」
「お前がさっき見た獣は俺だ。」


罰が当たったのだと、そう思った。多くの命を奪った俺が人並みの幸せをおくれるわけない。許されるわけがない。


「それにお前には、こんな汚い姿見せたくなかった」


最後の言葉に高杉の弱さをあたしは感じた。今にも泣きそうなその声になぜだか無性に涙が溢れた。


「高杉、」
「…」
「あたしはあんたがどんな姿だろうが、どんな過去を持っていようが、気にしない。」
「…」
「好きなの」


だから、戻ってきて。守るって言ったじゃない。ひとりにしないと誓ったじゃない。お願い、もう一度あたしを好きだと言って




「幸せになれよ」


ガサリと大きな音がして草むらが揺れた。急いで駆け寄って見ると、そこにはもう獣の姿も高杉の姿もなかった。
ただ月だけが残されたあたしをいつまでも照らしていた。



090807
山月記パロ