小説 | ナノ


半年に一度。あたしとトシが会えるのは彦星と織姫より一回だけ多い


今日はなんてメールしようか。こっちは晴れてるけどそっちはどう?最近すこしだけ暖かくなってきたね
そんな当たり障りのない天気のことは、わざわざ言わなくたって電波が教えてくれる。いつだって口実を探しているのに、くだらなくて結局なんにもできずに1日が終わってしまう

最後にメールをしたのは、声を聞いたのはいつだっけ。離れた距離だけ、心も遠くなると友達が教えてくれたことがある。まったくその通り
でも、だからといって愛情がなくなったわけじゃない。逆に気持ちが強くなる。ああ、だけどそれをまるごと伝えられないのだけど




缶ビールを床に置いて、ぼんやり空を見上げた。真っ暗な闇だけが広がっている

ブブブ、ときっちり2回バイブ音を出しながら携帯が震えた。ほろ酔いではーいと返事をすると、数秒後に俺だと呟くような声が聞こえた。

「……トシ?」
『おう』

じーんと耳の底が落ち着くくような、そんな感じ。久しぶりに聞ける声が嬉しい。声が弾んでしまわないようになんでもないように装って返事をする。

「元気?」
『あァ、そっちは?』
「うん、元気」

ホントは今ちょっとだけ風邪気味だけど。本音を隠して笑う

「大学はどう?近藤くんはどうしてる?」
『ああ、近藤さんは…』

近藤さんは今、お妙っていう女に入れ込んでんだ。それがストーカー並みにしつこくてよォ
そうしてあたしのわからない話を楽しそうに話す。生活する世界が違うからお互いが知っていることがだんだん少なくなっていく。いつか、トシについて知ってることがなくなるのかもしれない

『どうした?』
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
『疲れてんじゃねえか?もう切ったほうが、』
「大丈夫だから!もっとなんか話してよ」

次会えるのはいつかわからない。だったら今はもうすこしだけトシの声を聞いていたい。
今、なにをしているか。学校にどんな人がいるか。なんでもない世間話に、ひたすら頷く。沈黙が生まれないように

『っと、もうこんな時間か』
「……あっという間だね」
『…………なァ』
「ん?」
『元気か?』
「ふっ、なに言ってんの?さっきも言ったじゃん、元気だって」
『…そうか』
「じゃあ、またね」

ピ、と電源ボタンを押して息を吐く。
顔を見るたび、声を聞くたび、あたしは思い知る。ゆっくりだけど確実にふたりの距離が空いていること。……怖い。だって気づかない間に離れていってる。それを縮めるすべをあたしは知らないのに。その一方でトシが別れを告げる日は近づいているかもしれない。真っ暗やみのなかにあたしだけ置いてきぼり


ぽたぽたと涙がフローリングに落ちた。肩が震えて嗚咽が止まらなくなる。
寂しいんだ、あたしは。置いていかれたくなくて、泣いたってひとりきり。たぶんきっと届かないまま

携帯に小さな光が点滅している。ずずっと鼻をすすってから開いて見る。

“今からそっち行く”

そう一言だけのシンプルなメール。元気だと告げたあたしの嘘にちゃんと気づいていたらしい


空を見れば大きなまんまるの月が煌々と、ただ静かにあたしを照らしていた。



月明かりミッドナイト


お題:George boy
110327