小説 | ナノ


わが社で一位、二位を争うほどの良い男がわたしの上司だ。仕事はもちろん、顔も良い。毎日と言っていいほど女性社員からの告白があり、誕生日やバレンタインなどイベントではまさに戦争。そしてわたしもその例外ではない。
何を隠そう、こんな歳になってもまだ恋というものをしたことがなかった。でもわたしが会社に入社したての新人社員だったころ、一瞬にして土方部長に心を奪われた。これが恋なのだと柄にもなく思った。


「土方部長、お昼行きませんかー?」
「美味しい所見つけたんですよ」


キャイキャイとはしゃぐ女の子達を恨めしそうに睨む。わたしも入社したての時は、と思うもすでにそれは過去の話だ。


「いいからさっさと仕事しろ。まだ終わってねェ書類山程あんだろ」


ギロリと鋭い眼光に、さすがの彼女達もひるむ。周りでそっと見ていた女性社員は心の中でガッツポーズ。土方部長がこういう誘いに乗るはずがないのは分かっているが、いつ見ても心臓に優しくない。
そんな光景を目の端に捉えながらキーボードを叩いた。




「部長、コピーここに置いときます」
「ん、分かった」


こうやって話をするだけで緊張したり、土方さんの行動を目で追ってしまうわたしの気持ちなんてきっとこの人には伝わらないんだろうな。仕事一筋でどんな女性も遠のけてきて、わたしには到底及ばない。まるで学生のような青い気持ちに少し気恥ずかしくなる。

お茶お願いします、と声をかけられて渋々給湯室に向かう。新人社員がやるはずの仕事なのになぜわたしが。文句を言えるはずもなく、喉元で堪える。



「俺にもコーヒー頼む」


いつの間にか土方さんが立っていた。あわわ、と焦ってお茶の葉をこぼしてしまった。生憎こぼした量は少しだったため、わたしのテンパり具合に土方さんは気づかなかったらしい。

良かった、と小さく息を吐いてコーヒーを入れる。湯気を出しているブラックコーヒーをおそるおそる差し出す。


「ありがとな」
「い、いえ……」


だんだんとなくなっていくコーヒーをドキドキしながら眺める。美味しくなかったらどうしよう、と空になったカップを受け取りながら部長の顔をそっと見た。


「うまかった」


そう言って柔らかく微笑んだ土方部長に、ぎゅっと心臓をわしづかまれたような感覚になる。ダメだ、こんなの。反則技だ




「好きです」
「……あ?」


それはごく自然にするりと口から出てきた。言ってしまった後で、口を手で抑えるもあとの祭り。だんだんと顔に熱が集まるのが分かる。

今、猛烈に恥ずかしい。だってただの平社員が上司(めちゃくちゃモテる)に告白したなんて。笑い話もいいとこだ。それと同時に泣きたくなった。初恋は叶わないとはよく言ったものだ。次に言われる言葉なんて容易に予想できる。それでもやっぱり泣けてくる。
じわり、と視界が歪んで頬が濡れた。


「なに泣いてんだ、オメーは」
「ぶちょ、」


部長の顔がいつもより近いと思ったら、何かが唇をかすめた。その何かを確かめる前に、わたしは煙草の匂いに包まれていた。


「え、なに、」
「ハッ、ずいぶん戸惑ってんなァ」
「……ええええ!」
「耳元で叫ぶな、うるせェ」
「いやだって!」


抱きしめられてる。わたしが、土方部長に。あまりの出来事に頭がついていかない。なんじゃこりゃああ!とわたしが一人暴走していると、さらにきつく抱きしめられる。


「少し、黙ってろ」


2回目のキスは煙草とコーヒーの味がする、なんとも苦いものだった。




企画・多種多様提出