小説 | ナノ


「大丈夫なんですか、副長」
「るせェな、わかってる」
「土方さんの姿見ただけで泣いちゃうんじゃないんですかィ」

ひやかすような声が聞こえて、その方向にいた隊士を怒鳴りつけた。心配そうに俺をチラチラ見てくる山崎と半笑いでいかにも今の状況を楽しんでいる総悟に腹が立つ。


数時間前、真選組の仕事でやっと突き止めた攘夷志士のアジトに押し入った。もちろん話し合いなんかが通じる相手でもなく、刀での斬り合いがはじまる。予想外に奴らの人数が多く、周りを囲まれてしまった。そこで死ぬほどやわでもない俺は、刀を振り回して斬っては進むを繰り返した。そのときに斬られた傷と、爆撃に巻き込まれたときの傷でいつも以上に体が傷んでいる。
屯所に行ってやらなければならないことはたくさんあるのに、彼女が待っているんだろうと近藤さんに言われてあいつが待っているマンションの一室までやって来た。なぜぞろぞろと真選組がそろってついてきたのかは疑問だが、とりあえず目的地まではたどり着いたわけだ。しかし問題はこれから。

「女の子を泣かせるんじゃないぞ、トシ」
「…あァ」
「せいぜい頑張れよ土方死ね」
「お前はけなしてんのか応援してんのかどっちだ!」
「当たり前でしょう。けなしてんでィ」
「総悟ォォォォォ!」
「副長、喧嘩してる場合じゃないですよ」

山崎に言われて、はたと我にかえる。そうだ、総悟を追いかけまわしている場合じゃない。このドアノブを開けることが第一に優先されることじゃないのか。
なぜ、こんなにも家に入ることをためらっているのかというと。以前も今日のように大ケガをして帰ると、あいつが目から大粒の涙を流して俺を迎えたのだ。好きな女を泣かせたい男がどこにいる。(総悟は抜きとして)もうケガしないで、と震える声で言われて約束をしたのだ。それが、どうだ。ちらりと自分の姿を見るとドクドク血は流れているし、火傷もある。こんなんじゃ絶対に号泣される、と頭を抱えた。

ピンポーン

「…は、」
「あまりにも土方さんがぐずぐずしてるんでチャイム押しちまいやした」
「テメェェェ!」

心の準備ってもんがあんだろこのバカ!と総悟を叱る前に扉が開いた。

「…ひじかた、さん?」
「おう」

いつの間にか大勢の隊士や山崎、総悟、近藤さんは物陰に隠れていた。



「その傷」
「これは…今日、攘夷志士のとこに斬りこんだときのだ」

ゆっくりと俺の傷を見て、ただ黙っている。まだその目から涙は流れていない。

「……土方さん」
「なんだ」
「約束覚えてますか?」
「…」
「ケガしないって確かに言いましたよね、この口が」

ぎゅっと頬をつねられて、いで!と声を上げる。あれまさかこいつ…すげェ怒ってる?

「そりゃ少しくらいのケガは仕方ないです。でも、」
「あだだだ!」
「これはひどすぎます」

腹を斬られた傷をべしべしと叩かれて、痛みが身体中を駆けめぐる。うわあ、と隊士の誰かが顔をしかめているのが見えた。見てんなら助けろよ!と目で訴えても視線をずらされる。

「聞いてます?」
「いっ、」

ぐっと傷に指がくい込んでいる。涙目で何度も頷くと、ようやくその手を離してくれた。

「…もういいです」
「あ?」
「土方さんはわかってないんですよね。わたしがどんなに心配してたか」
「いや、その」
「だ・か・らこんなにケガつくってくるんですよねー、わざとですか?」

そう言ってまた傷がある部分をぐいぐい押してくる。ギャアア!と叫びだしそうになるのをこらえて、目の前の女を抱きしめる。

「悪かった」

ずきずき痛む体をどうにか動かして、ぎゅっと抱く。数秒かそれとも数分か。どのくらい時間が経ったかわからないが、こいつは腕の中で身動ぎひとつせずに黙りこくっている。

「…死んだら殺してやる」

口を開いたと思ったら物騒なことを言われて、まだ怒ってんのかと呆れる。怒らせているのは間違いなく俺だから、そんなことは絶対に言わないが。

「死んだら殺せねェだろ」
「なんか言いました?」
「いっ!……なんでもないっす」

すぐに泣くやつだと思っていたが実際はとんだ凶暴女だったらしい、と苦笑い。いらない気をまわしてくれたのかはわからないが、隊士たちはいなくなっていた。



「土方さん」
「あ?」
「帰ってきてくれて、ありがとうございます」
「あァ」

肩がひんやりとしたのを感じて、こいつが泣いていることに気づいた。泣かせないと決めたのに。
ごめんな、と小さく呟くと背中にまわされた腕にわずかに力がこもったような気がした。



100916