小説 | ナノ

「げ」


ちょっと手伝ってほしい、と部長に呼ばれたのが3分前。向かい側に立つ男を見た途端、手伝いを引き受けたことを後悔した。
……あからさまに嫌な顔すんな、バカ。こっちだって嫌だっつの


「もしかして2人知り合い?」
「あー、高校同じだったんです」


目も合わせたくないお互い嫌いだったけど


「へェ、すごい偶然だねえ。同じ高校に同じ会社!」
「、ハハ」


部長のにこにこの笑顔にあわせて笑う。だけど口の端がひきつってる。
向こう側にいる男は目をそらしてるし。少しはあんたも合わせてくれたっていーんじゃないの


「じゃあとりあえず資料整理からお願いしようかな。これとこれお願いね」
「はい」
「お互い知り合いだったらなにかとやりやすいでしょ。頑張って」


ああ、部長それ余計な一言!ぎしぎしとした空気のまま、作業は開始された。


「………ちょっとあんた」
「ンだよ」
「すこしくらい部長の話に付き合いなさいよ。態度悪すぎ」
「ほっとけ」


こいつのこういうすかしたとこが大嫌いだった。まァ今もなんだけど

同じクラスで過ごした高校時代もそうだった。無愛想でなんの面白みのない男。いつも完璧で、つまらない。そしてこいつもわたしの適当なところとかそういうのがダメだったんだろう。わたし達2人は担任のお墨付きがつくくらい、仲が悪かった。

『ちったァ仲良くしろよ』

他人に関心のない自由主義の坂田先生がそうこぼすほど。先生だって土方とは仲良くなかったくせに


昔のことを思い返してみても、なにも変わらない。
ため息ひとつ落としてとりあえず作業を開始させた。


「あ、これそっちね」
「…」
「あとこれお願い」
「…」


なんか言いなさいよ!
無言で資料を受けとる土方を睨み付けるが、気づいていないようだ。本当はどつくくらいしてやりたいけど成人した女がそんな子どもみたいなマネできない。それこそ、こいつに笑われてしまいそうだ。

心のなかでぶちぶち文句を言うに留めておく。そんなこんなで作業は終わり、あとは指定された部屋まで運ぶだけ。


「何階だっけ」
「6階だろ。そんぐらい覚えとけよ」


っるさい!会話がないから話題提供してやったんでしょーが!!わたしだって最初からわかってたわよ

もうこいつに話しかけないことを誓い、せめてもの復讐にと資料の入った段ボールを置き去りにする。エレベーターの前で待っていると茶色の箱を持った土方がようやくやって来た。
チンと鳴って開いたエレベーターにはすでにたくさんの人。イヤだなあと思いつつも、乗り込みそのあとに土方が続いた。

数秒経てばまたエレベーターが開く。


「う、わっ」


どどどっと人が雪崩のように出ていく。その衝撃によろめいて目の前に立つ土方へぶつかってしまう。

むにゅ

そんな効果音が出てもいいくらい、わたしの胸が土方の背中へ当たる。10代の学生じゃないし、たいして不快感や嫌悪感はない。
ただ、ぶつかったことを土方に文句を言われるのがいやで小さく謝っておいた。


「ごめん」
「…」


………おかしい
いつもなら舌打ちとか文句のひとつが出たっていいのに。

6階についてちらりと隣にいる土方を見たら、両耳は真っ赤に染まっていた。
もしかして、こいつ


「なに見てんだよ」
「いや、別に?……ぷっ」
「テメェなに笑ってやがる」
「なんにもないって…ぶはっ」
「なんだよいちいち!」


いつもは涼しい顔で気取っているけど、胸が当たったぐらいで赤面するヘタレだったなんて。
すこしだけ仲良くなれそうな気がした、なんてガラにもなく思ってしまった。



企画・かぶき者提出