気づけばお互いスーツを着るような年齢になって、気づけばわたしはもう何十年と同じ相手に片思いしていた。我ながらイタイ。仕方ないじゃん、ザ・チキンとはわたしのことさ!……あーあ、自慢にもならない。パソコンの見すぎで痛みはじめた目を買ったばかりの目薬でなぐさめる。 「お疲れー」 「あ、お疲れさまです坂田さん」 「俺もう上がりだけど、まだやってくの?」 「はい、明日までなんで」 うらやましいなあと思いつつ、またチカチカした画面に向かう。終電までには終わるだろうか。そんなことを考えている間にも、隣で坂田さんがあーだのうーだの唸っている。 「いったいなんなんですか。迷惑なんですけど」 「ひどくね?一応俺先輩なんだけど!」 「ハイハイ。で?なんすか」 「あー、あのさ…今日実は合コンなんだわ」 だろうな。だいたい予想ついてましたよとは言わないでおく。普段やる気のない坂田さんが今日は朝からガンガンキーボード打ってたんだもん、薄々気づいてた。 「それで、お前の知り合いでさ前飲み会来たやついんじゃん。あいつ貸してくんねえ?」 十四郎はモノじゃないんですけど。なかなか状況がのみ込めず、はあと曖昧に頷いた。 「男一人足んなくてよォ。で、イケメンつれてこいって脅されてんの」 今度焼肉つれてくからっ!と手を合わせられて仕方なしにケータイを掴んだ。断じて肉に心踊ったわけではない。合コンなんてあいつが行くなんて考えられないけど、ダメ元で電話してみよう。 『はい』 「もしもーし、十四郎?」 『今仕事中』 「わかってるよ。今日の夜空いてる?」 『空いてる、けど。なんだよまた飲みに行くのか?』 「ていうか合コン行ってほしいんだけど」 『は?』 眉をしかめる十四郎が浮かぶ。とりあえず坂田さんから聞いた事情を説明して、もう一度お願いする。 「ね、お願い」 『………あー、わかった』 「えっ」 『なんでお前が驚いてんだよ!誘ったのはそっちだろ』 「いや、だって十四郎合コンとか嫌いじゃん」 『たまにはいいだろ、そーいうのも』 あっけにとられたまま、坂田さんにケータイをとられた。2人でどこで何時に待ち合わせるかを話し合ったあと、ぽんと投げられたケータイを慌ててキャッチ。ありがとなー、と手を振る坂田さんに返事をする余裕なんかない。 合コンに行くってことは女の子といちゃいちゃすることであって、嫌がっていたはずの合コンに行くという意味はつまり…彼女がほしいってこと? 「嘘だ!」 思わず叫んでしまい、周りにいた人に不審な目で見られてしまった。それでも考えは止まらない。 十四郎が合コンなんて行ったら女の子たちが放っておくわけがない。それは中学、高校、大学と見てきたわたしがよく知ってる。すぐにかわいい彼女ができるに決まってる。坂田さんのお願いなんて断ればよかったと今さらになって後悔。 「おい、企画書まとまったのか」 「すいません」 今はこんなことで悩んでいる場合じゃない。ふるふると数回頭を振って、キーボードを叩いた。 壁にかかっている時計を見るともう11時になろうとしている。ようやく終わった仕事に息を吐いてさっそく帰り支度。こうしてる間にも十四郎は楽しんでいるのだと思うと、イライラが募る。 …1日くらいいいよね。前々から気になっていたバーに立ち寄る。パアッと飲もう!明日が休日であることに感謝しておしゃれなドアを開けた。 「なにこれ…」 カウンターに座りながらぽつりともらす。周りにはカップルだらけで完璧に浮いてる。アウェイだ。どいつもこいつも、とただグラスをかたむけることだけに専念した。 頭は十四郎や上司、いつまでたってもチキンな自分に対しての愚痴ばかり。ぼうっとしてきて頭がよく働かなくなりはじめたころ、見知った顔を見かけた。 「お前…」 「ああ、十四郎」 隣にいるのは合コンで知り合ったのだろう女の子。ぺこりと頭を下げられて慌ててわたしも返す。 「合コン帰り?」 「ああ。…つーかなにしてんだ」 「さっきやっと仕事が終わったから一人打ち上げ」 少量のお酒が入ったグラスを揺らして笑う。そんなわたしを見てため息を吐く十四郎にほんのちょっと胸の奥がちくりと痛んだ。 「じゃあ飲み過ぎねーようにな」 「うん、またね」 ヒラヒラ手を振ってなんでもないように笑ってみるけど。本当は十四郎の隣を歩く女の子がうらやましくてたまらない。友達でいた時間が長いだけでわたしと十四郎の間にはベルリンの壁より何倍も何倍も厚い壁がある。それを壊す術も、越える力もわたしにはない。考えれば考えるほどまたごちゃごちゃしてきて、バーテンにグラスをつき出す。困ったようにそれでもお酒を注いでくれたバーテンに礼を言ってから、熱い液体に喉を鳴らす。 財布の中身も心配になってきたし、とようやく席を立つ。お金を払ってふらふらおぼつかない足で出口へと向かう。すこし重いドアを寄りかかるようにして開けてよたよたと数歩歩く。 「飲み過ぎんなっつったろーが」 「とし、」 いつものようにタバコをくわえながら(そんで眉間にシワを寄せながら)ドアのすぐ横に立っていた。 「帰ったんじゃ」 「あんな虚ろな目してる女放っておけるわけねェだろ」 「………連れの子は?」 「帰した。おら乗れよ」 バタンと開かれた車のドアをよくわからず、招かれたまま乗り込む。2人きりになって沈黙が生まれたころ、断って大人しく電車で帰ればよかったと後悔。 「まったく…明日休みだからって飲みすぎだ馬鹿野郎」 「うるっさいなー、女の子といるとこ邪魔されたからって八つ当たりしないでよね」 「そんなんじゃねー」 「ハッ、どーだか」 「……いやに機嫌悪ィな。なんだ、ヤキモチか」 平然とハンドルを操る横顔にイラついて酒と酔った勢いに任せて言葉をつむぐ。 「そーだよ、ヤキモチだよ」 「…………な」 「ずうっと昔から十四郎に片思いしてたけどそれがなに?社会人になっても自分の気持ちが言えずに今日だって女の子に取られちゃいそうで不安だったけど、悪い?」 「お前、自分がなに言ってるかわかってるか?」 「…わたしの気持ち信じてないの?」 「べ、別にそういうことじゃ」 しどろもどろになっている十四郎にイライラ。どんなに悩んで不安になっていたか、その苦労を知らずにわたしの気持ちを疑うなんて。 信号が赤になったのを見計らって助手席からのり出すようにして、その唇に噛みつくようにキスをした。数秒後、目を丸くした十四郎にどんなもんだと笑ってみせた。 「、お前なァ」 「本気だってわかった?」 ぐん、と車の速度が明らかに上がって助手席に押さえつけられる。ちらりと隣を見ると切羽詰まったようなでもどこか晴れ晴れとした表情をした十四郎がいた。 「なーに、どこ行くの」 「ラブホ」 「は!?」 「今さら酔ってましたとか聞かねェからな」 今までさんざん我慢してたんだから、と呟く低い声を聞きながら数十年越しの恋がようやく動きだしたのだと気づいた。 アイラブユーを馬鹿野郎に 100505 |