小説 | ナノ
※現代パロ


昔、「わたしはインテリ系の人と付き合う」と豪語していたのはどこのどいつだ。合コンのときには必ず相手の大学を聞いていたのはお前だろう。目の前でぐずぐず泣く女を見下ろして、煙草の煙とともにため息を落とした。

「バカだろお前」
「うるさい!知ってるよそんなこと」
「なんであんなのに引っかかったんだか」
「こっちが聞きたいっつーの」

こいつ本当に落ち込んでのか、と濡れた頬をつねる。痛い痛い!と叫びはじめたので手を離してやる。

「俺、明日早ェんだけど」
「幼なじみが泣いてんのよ、慰めなさいよ」
「自業自得だろ」

そう返すとわずかながら自覚しているようで、小さく呻いて黙りこんだ。


迎えにきて、と電話があったのが数十分前。道路で座りこんでいるこいつの顔は涙で濡れていて、化粧はぼろぼろ。理由はなんとなく思いつくものがあった。

「男にフラれたんだろ」
「……知ってんの?」
「何年幼なじみやってると思ってんだよ」

少しだけ肌寒い夜の風にのって煙がなびく。腕時計を見ればすでに12時を回っている。こんな時間になるまでこいつはひとりで呑んでいたのか、と考えてまた頭が痛くなった。

「インテリが好きなんじゃなかったのか」
「…」
「なんでホストなんだ」
「……だって優しくしてくれたんだもん」
「優しけりゃ誰でもいいのかよテメェは」

つくづくバカな女だな、お前は。ホストなんかに騙されて金を巻き上げられて。挙げ句のはてには捨てられてんじゃねーか。すこし言い過ぎだと思うほど辛辣な言葉を並べて、二度と同じことをしないように忠告する。

「よく反省しろよバカ女」
「…ホントはさ、」
「あ?」

今まで黙りこんでいたはずなのに、急に口を開いた。なんだ、と耳を傾ければなんとか聞き取れるくらいの声で言葉をつむぐ。

「バカだってわかってるよ。しょーもないことしてるってわかってる」
「…」
「でもそのホストさ、トシにちょっとだけ似てたんだ」

膝を抱えて座っている幼なじみに目をやる。なにを言いたいんだ、お前は。

「髪の毛とかたまに見せる仕草とか。トシに似てた」
「…あァ」
「だから好きになったの。だからお金積んで何回でも会いに行ったの」

昔からトシが好きだった。不意にそう呟いた。何事にも動じない俺が、動揺してくわえた煙草がすこし震えた。

「だんだんトシと会えなくなって、距離が大きくなって追いつけなくなった。だからトシに似てる人で埋めようとしたんだけど」

やっぱりダメだった、と自嘲ぎみに笑う女に心底腹がたった。煙草を道路に投げ捨てて擦れた革靴でそれをもみ消す。


「バカかお前は!」
「ト、シ」
「なんでもっと早く言わねェんだ!!」

インテリ系が好きだと言ったから、勉強を頑張って良い大学に入った。トシには警察官が似合う、と言われて警察官になった。お前が好きだから、お前に好かれたいからそんなバカみたいな理由でここまできたというのに。
こいつの気持ちはとっくの昔から俺だけのものだったんじゃないか。

「お前、バカだろ」
「トシもでしょ」
「…そうかもな」

ずっと前から両思いだったのに、気を引くために得意でもない駆け引きをしかけて。本当にバカだ、俺達は。
涙で濡れた頬を親指でぬぐい、触れたいと願い続けていたそれに唇をおしあてた。後ろから車のクラクション音が聞こえたが、構やしねェ。


091023