「部屋どーする?」 「あたし分かんないから坂田決めていいよ」 「…じゃあここでお願いします」 あたしは今、人生初めてラブホに泊まろうとしている。 そういうことをするために来ているわけじゃなくって純粋に休むだけだ。 飲み会が終わったの時刻がすでに終電がなくなったとき。仕方なく、この坂田銀時という男と一緒にラブホにいる。 あたしがこいつを選んだのは家の方向が同じだということだけじゃなく、この男がゲイだから。つまり女に興味がない=あたしの貞操は無事。 「ほれ、行くぞ」 「あーい」 お酒のせいでふらふらする足元で坂田の案内で、ある部屋に到着。ガチャリとドアを開けると意外にもシックな作りで普通のホテルとなんら変わらない。 「おー」 「どーよ初めてのラブホは」 「もっとどぎついピンク色してんのかと思った」 「いつの時代だよそりゃ」 坂田は鍵をテーブルに放って、ベッドに埋まっている。あたしはというと、すべてが物珍しくて部屋をきょろきょろ見渡す。 お風呂も大きいし、きれいだ。ぺたぺた触りながらこんなもんかと一人で納得していると。 「なァ」 「なにー?あ、お風呂入る?」 「いや、違くて」 「……なによ」 いつもより若干おとなしい坂田にどうしたのかと近づく。ベッドの上で胡座をかいてうなだれてながらぽつりと呟いた。 「うそ」 「…え?」 「ゲイって、あれ、嘘」 「…………は」 それからまっすぐあたしの目を見てごめん、と続けた。 「嘘、って」 「ホントは女の子大好き。ゲイなわけねーって」 「…なんで」 そんな、単純でどうでもいいようなことを。 ぽかんと口を開けているあたしを見て気まずそうに髪の毛をかいてさらに続けた。 「…だってそうでもしねェとお前こんなとこまで俺と来ねェだろ」 「それ、最初からエッチ目的ってこと?……最低死ね消えろクズ」 「ちょ、待て待て違うって!」 蔑むように睨んでカバンを持ってさっさと出て行こうとすると、慌てて坂田が追ってきた。掴まれた腕を振り払ってなに?とまた睨みつける。 「俺の言い方が悪かった。えーと、だから、」 「さっさと言えば?ゲイって下らない嘘までついてエッチしたかったんです、って」 「お前すこし話聞け」 「いてっ!」 軽いチョップで頭を小突かれる。 数十秒うーん、と唸りながら坂田がようやく口を開いた。 「好きなんだわ、お前のこと」 「…………なん、で」 「でもお前はあいつのこと忘れてねーし、男なんてもうどうでもいいって思ってっから近づこうにもできなかった。だからゲイなんてすぐにでも分かるような嘘ついて、ちったァ警戒しないで受け入れてくれんじゃねーかって思ったんだ」 いつもはふざけてるくせに、なんでこういう時だけ真面目になるかな。その坂田の紅い瞳に見つめられと酔ってしまいそうになる。 くらり 頭がうまく働かない。いつものあたしじゃない。 「………そんな回りくどいこと、」 「だったらお前は俺が好きだって言ったら受けとめてたのかよ」 「…それは」 「絶対拒否る。んで俺のこと避けるだろ」 確かに、あいつ――あたしの元カレと別れてからなんていうか男という生き物が信用できなくなった。だからたぶん坂田が言うように、告白なんかされてたらこの男と友達ですらなれてなかったはずだ。 『お前が一番好きだ』 『愛してるよ』 嘘つきで、どうしようもない。そういう生き物だから。 「ホテルまで連れてくるってなに考えてんの」 「そういうこと考えてねーって言いきれねェけど。でも、2人きりになりたかったって言ったら笑う?」 ちょっとクサい台詞にぷっと噴き出す。耳を赤くした坂田がなんだよ!とまくしたてた。 「だって、なんか坂田変」 「それくらい一生懸命なんだよ。察しろ」 バカみたいで面白くてでもちょっとだけときめいてしまった。あーあ、部屋から出るタイミングもなくなったし仕方ない。今日はここに泊まろうかな 「…ベッドひとつしかない」 「しょーがねーだろ、そういうホテルなんだから」 「じゃあ端っこ行って。絶対こっち側来ないで」 「わァったよ」 チェッとすこしだけ残念そうに舌打ちする姿がかわいくて笑ってしまう。 背中に空いた隙間のせいで、寒い。ぶるりと小さく震えたのが布団越しに伝わったのか坂田が口を開いた。 「………なァ」 「なに」 「やっぱそっち行っていい?」 「潰すよ」 「ナニを!?……俺の胸、今なら無料で貸せっけど」 「…年中無料でしょーが」 「お前だけだ」 「……真面目に返さないでよ、冗談でしょ」 そう言いながらあたし達の距離はゼロに近くなる。 向かい合って、坂田の紅い瞳を見つめる。…こんなに綺麗だったなんて知らなかった。 ムダにたくましい胸板だなあ、とかそんな下らないことを思いながら頭をあずける。すぐにぎゅうっと苦しくない程度の力で抱き締められた。 ………あったかい そう感じた途端、ぽろりと涙がこぼれた。 あいつと別れた時でさえ泣かなかったあたしが今、自分をゲイだと偽ってまであたしを好きだと言ったこの馬鹿野郎の胸の中で泣いているなんて 「…うっ、ひぐ」 嗚咽を漏らしながら泣くあたしの背中をゆっくり擦る坂田の温度が、またあたしをどうしようもなく切なくさせる。 明日の朝、あんたのこと好きになってもいいよ、と可愛くない告白をしてやろうかな 白いシーツにふたり抱きしめられながら目を閉じた。 110213 |