小説 | ナノ



「実は今日告白されちゃったー」
「へえ」
「しかも下駄箱にラブレターも入ってたし。もう銀さんモテモテだね!」
「すごいすごい、おめでと」
「…………話聞いてる?」
「聞いてるからちょっと口閉じてくれる?今忙しいの」


視界のはしっこで銀八がむくれているのがわかるけど、無視。今はそんなのに構ってられないのだ。


「せっかく2人きりになれたのにー!」
「あんたもまだ仕事残ってるんでしょ?だったらそれ片付ければ」
「あのね、彼女と一緒にいんのに仕事するバカがどこにいんだよ」
「へえ、じゃあ彼氏といるのに仕事してるわたしはバカだってこと?」
「違っ、そうじゃなくて」


口も動かしながら手は書類の上を泳ぐ。テーブルの上に置いたパソコンを叩いては書類に視線を移す。


「コーヒーいる?」
「ん、お願い」


あともう少し。数枚散らばったままの紙を引き寄せてめくる。コトンと置かれたマグカップに手も伸ばさずに文字の羅列を眺めては、痛みはじめた目を押さえる。


「そろそろ休憩すれば?」
「あとちょっと」
「…まったく、そんな仕事好きかね」
「そんなこと言っても仕方ないでしょう」
「だってよォ、なまえが早番だって言ってたから会議終わらせてまっすぐマンション来たのに。久しぶりにイチャイチャできると思ってたのに」
「最近事件が多かったからそのための書類整理しなきゃいけないの。土方さんなんかもう3日家に帰ってないんだから」


いつも以上に眉間のシワは濃くなって、うっすらヒゲも生えていた上司を思い出す。大丈夫だろうかと思いを馳せていると、ぎゅっと片頬を摘まれた。


「男の名前出すなって」
「土方さん?」
「ハイアウトー!ベッド行き決定な」
「それ以上触ったらその股にぶら下がってるもん二度と使えなくしてやるから」


腰に回された腕をつねって言葉を投げつける。そうすればひるんで、泣きそうな顔を向けてきた。


「……なんか、ひどくね?」「ちょっと待っててって言ってるでしょ」
「あと何分」
「1時間」
「長いわァァ!」
「あっ」


パシーンとノートパソコンの画面をしまわれてさっきまで目の前にあった製作途中の書類は消えた。
それと引き換えに銀髪が近づいてきて、ちゅうとかわいらしい音が部屋の中に響いた。


「かまってー」
「……ハァ」


肩に感じるふわふわとした感触を撫でながらため息。…まあ寝る前にでもやれば終わらないわけでもないし。


「あー、落ち着く」
「よかったね」
「あらやだ、なまえちゃんたら照れてるゥ?」
「は、どこが。できることなら一秒でもはやく仕事したいって思ってるけど」
「ひどっ!さすがの銀さんも傷つくんですけどォォ」


耳元でぎゃいぎゃい騒ぐ銀八がうるさい。コーヒーを飲みながらいつの間にか意識は仕事のほうにいっていた。
そういえば来週は麻薬捜査があったっけ。そのための会議が連日入るはずだし、土方さんと張り込みもある。集まった情報を整理して令状を受け取って…とかなり忙しくなりそうだ。自然と眉間にシワが寄って気難しい顔つきになる。


「……今仕事のこと考えてるだろ」


低い声がして、ようやく現実に戻される。ごめんと小さく謝れば深いため息。


「いーよ、仕事やれって」
「…………いいの?」
「いいもなにも、仕事終わらせない限りなまえ上の空だし」
「ありがと」


閉ざされたノートパソコンを両手で開けてさっそくキーボードを叩く。銀八はのそりとわたしから離れてソファーに横になりながらテレビを見始めた。


「ごめんね」
「べつにいいって」
「そうじゃなくて。本当はわたしに言いたいことあったんでしょ?」


ギクリとでもいうように肩を震わせているのが、見なくても雰囲気でわかった。


「職業柄わかっちゃうの」
「…」
「あとでちゃんと聞いてあげるから」


今度こそ振り返って小さく笑えば、気まずさをごまかすように紅い目は宙をさまよっていた。
するとテーブルの上に置いた携帯がぶるぶる震え出した。なんだろうと不審に思いながら開けば、土方さんからだった。


「はい」
『俺だ』
「どうかしました?」
『ホシが動きだした。すぐにこっち来てくれ』
「わかりました」


携帯を閉じて急いでテーブルの上に散らばった書類やパソコンを片付ける。


「どうした?」
「ごめん、行かなきゃ」
「……事件?」
「うん」


椅子にかけられたままのコートを片手にドアノブをひねる。最後に振り返ってもう一度謝ると、気にするなと背中を押された。


「いってきます」
「気をつけろよ」


銀八の声を背中にうけ、駆け出した。







「あーあ」


なまえがいなくなった部屋で思わずため息が落ちる。仕事なのはわかっているけどもう少し一緒にいたい。それに、

ごそごそとジーンズのポケットに入っていた小さな箱を取り出す。


「また、渡せなかった」


それを開ければキラキラと光る指輪。もうこれを買って1ヶ月以上は経つのにまだ渡せずにいる。
次会うときはこの指輪がなまえの左手の薬指で輝いていることを願いながらふたを閉じた。


A coward man breathed a sigh.


100524