小説 | ナノ


ガタンガタンと揺れる電車に体を預けてからもう何時間経ったのだろう。いや、時間なんて気にしなくていいのか。だってわたしには帰る場所なんてない。それは良いことなのか、悪いことなのかさえもうよくわからなくなって、とりあえず眠くなってうまく働かない脳を休ませるためにゆっくり目を閉じた。



「どこ、ここ」


そうして着いたのは聞いたこともない港町。江戸から遠く離れたその場所に知り合いなんているはずもなく。とりあえず歩いてみることにした。

その町にあるものといったら海か魚介類。ショッピングを楽しむような繁華街もなくて、観光地といえば海がよく見えるさびれた展望台がぽつりとあるぐらい。そこでたったひとりで海を何時間も眺めた。家事も今夜の食事を気にすることもしなくていい。楽だと思えるはずなのに、これでいいとどうしても割りきれない自分がいた。銀さん達がいればもっと楽しかっただろうなあ、と気づけばそんなことを思っていて少しだけ笑えた。


「何してんだ、わたし」


それは遅くまで帰らないちゃらんぽらんな銀さんをいつまでも待っている自分にじゃなくて、こうやって銀さんになにも言わずにとびだしてきた自分に向けて言った言葉。
銀さんが夜遊びすることなんて今に始まったことじゃないのに。家事ばかりやって疲れていたのなら適当に買ったお惣菜を並べてしまえばよかった。銀さんが呑みに行くのなら、わたしだって妙ちゃんと遊びに行けばよかった。たったそれだけのことをすればもっと楽にできたはずだ。気張って無理にお嫁さんらしいことをしていたのはわたしの方。


「馬鹿だなあ」


ここで一泊したら、お土産を買って江戸に帰ろう。それで一番に銀さんに会ってきちんと謝ってすこしだけ泣こう。
薄汚い椅子から立ち上がって、パンパンと数回着物の裾を叩く。重い旅行カバンを抱えなおして最後に海を見る。波が太陽にキラキラと反射して光っている。それがわたしがよく知っている銀髪が光る色と同じで、小さく笑った。