今さら銀さんがエッチな本を持っていようが、そういうビデオを見ていようが気にもとめない。たいしてお金もないくせに夜中遅くまで長谷川さんと呑みに行ったって怒らない。パチンコで稼いだお金をすっからかんにしたって、揉め事に巻き込まれてボロボロになって帰ってきても笑顔で迎える自信はある。 「できた嫁だね、あんたは」 あんなプー太郎にはもったいないよ、とお登勢さんが煙草の煙と一緒に吐き出す。それを苦笑いで聞きながら目の前の梅酒を飲みほした。 「で、肝心のあの男はどこにいるんだい?」 「さあ。たぶんまたキャバクラでお酒でも飲んでるんじゃないですか」 「…呆れた野郎だ」 ふふふ、と小さく笑って席をたつ。それじゃあ帰りますね。財布を片手にそう言えば、お登勢さんは代金はいらないと首を振る。一度こう言えば、自分の言葉は曲げない人だと知っているから素直にお礼を言ってお店から出た。 月が淡く光って照らしている夜道をゆっくり歩いて『万事屋銀ちゃん』と書かれた看板を目指して階段を上がっていく。今日は神楽ちゃんもいなく、暗くなった部屋の中を電気もつけずに歩いて銀さんの部屋の前に立つ。そこには昼間畳んでおいた洗濯物があって、すでに布団も敷いてある。お風呂だっていつでも入れる状態にしてあるし、夕食だってきちんと用意している。 大好きな銀さんのお嫁さん。わたしはそれになれているはずだった。それなのにどうしてだろう、こんなにも虚しくて苦しいのは。幸せなはずなのに、今にも泣き出してしまいそうになる。 「帰ったぞー」 玄関先から声が聞こえて慌てて走って迎える。座ってブーツを脱いでいる後ろ姿におかえり、と声をかけた。 虚ろな目で赤くなった頬。すれ違えばかすかに香るお酒の匂い。それと同時に甘い女物の香水の香り。やはりキャバクラにいたのだとすぐにわかる。 「お水いる?」 「あァ、頼む」 台所からコップに水を注いで居間のソファーで寝ころんでいる銀さんに差し出した。 「またキャバクラ?」 「おー。かわいい子いっぱいいたぜ」 「よかったじゃない」 今さら銀さんだってキャバクラに行っていることをわたしに隠そうなんてことはしない。最初のころは長谷川さんに無理やり誘われた、などとそりゃもういろんな言い訳をしていたけど。それが今じゃお気に入りの女の子の名前だってわたしに教えているのだから、可笑しな話だ。 「リコちゃんっていうんだけどよォ、この子がもうかわいいのなんのって」 「そう」 「乳もデカイし、話聞くのもうまいしよ」 「この前言ってた子はどうしたの?もう止めちゃったの?」 「もう断然リコちゃん!酔って口にちゅーされちゃったしィ」 ラッキー、と笑う銀さんを見つめてぼうっと思う。 わたしは一体何をしているのだろう。洗濯も買い物も料理もきちんとしている。パートだってやって家計の足しにしている。それに比べて旦那さんは毎日と言っていいほど呑みに行って、わたしの知らない場所でわたしの知らない女の子と笑っているのだ。そしてわたしはその旦那さんの帰りをこうして遅くまで待っている。 「…馬鹿みたい」 不意に呟いた言葉は夜の空気に溶けていく。 わたしは一体何のためにここにいるの。銀さんのお嫁さんなんじゃないの?家政婦みたいに家事だけやって旦那さんが他の女の子とイチャイチャしているのを黙ってみているだけなんて、そんなの嫁なんて呼べない。そんなの、夫婦じゃない。 「今までありがとーございました」 「ハイ?」 ぺこりと下手な礼をして、自分の部屋に向かう。旅行カバンを取り出して下着や着物、今まで貯めてきたお金を入るだけ詰めこんでパンパンになったそれを抱えて玄関で靴を履く。 どこ行くんだー、と寝ぼけているのか酔っているのか銀さんがそう言っている声を無視して外へ踏み出す。 どこでもいい。どこでもいいからどこか遠くに行きたい。ぼんやりそんなことを思いながらチカチカ光る駅まで夜道を歩いていった。月はいつの間にか雲に隠れて姿を消している。 title 絶頂 |