Phantom | ナノ


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愚かな全人類よ、


おかしい、そんなの。あいつのために生き返ろうとしているのにどうしてあいつの魂を奪わなきゃいけないんだ。


「…無理、できねェよ」
「否定なぞ許されない」
「だって、こいつ俺の彼女だぜ?魂取るなんてできるわけねーだろ!!」
「…話を続けるぞ。この人間に自分の正体を言った途端、お前は消える」
「話聞けよテメェ!」


そう。俺が魂を奪わなきゃいけない人間は俺の彼女だった。
俺がまだ生きていて高校生だった頃、俺のちっぽけな世界を構成していたのはなまえの存在。朝会えばおはようと言って、帰りは手を繋いで、また明日と別れるときはキスをした。何のへんてつもない普通のカップルだったはず。俺が死ぬまでは。


「お前は確かに死神の仕事をやる、と言ったはずだ」
「そうだけど、でも、」
「契りは交わされた。お前はすでに死神だ」


待てよ!と制止の言葉が出る前に俺はまた宙を舞っていた。そしてバチリと目を開けると俺の死んだ場所で寝転んでいた。
とりあえず服は着ていて裸でないことにほっとする。辺りを見ると電信柱の横に花がたむけられていて、自分がもうこの世にいないことを再確認した。ふざけんなよあのジジイ。俺が戻ってきたらぶん殴ってやらァ。頭の中でさんざん死神とかいう男のことをこき下ろしながらよっこいせ、と古くさいかけ声で立ち上がりとりあえず歩いてみる。

こうして見ると世界は俺が死んでも何一つ変わらずに回っている。鳥は空を飛ぶし、電車は数分おきにホームにすべりこむし、空気は相変わらず汚いし。至極当然のことだけれどとても寂しくなる。人一人死んだって世界はさして変わらない。
いつの間に目指していたのは学校だった。家に行っても俺の家族はとっくに死んでるし、意味がない。友達やなまえのいるこの場所のほうが思い出深い。部活をしている生徒がちらほらいる中を堂々と歩いたって他のやつらには俺の姿が見えない。だから先公に怒られることもない。大きな音で口笛を吹いたってうるさいと怒る鬼太郎も、金時とバカみたいに笑うやつも、変な生き物と一緒にいるロン毛もいない。
べつに悲しくはない。…いや、嘘。なんか心臓痛いけどあいつらのために泣くなんて絶対ェ嫌だ。頭の中でバカみたいなこと考えながら自分の所属していたクラスまで時間をかけて歩いた。教室のドアは閉まっていたけど、どうやら俺の体は通り抜けてしまうようでするりと中に入ることができた。


「うわあ、ドラマみてえ」


俺の机の上には花瓶とすこし萎れた花があって、ちょっと笑えた。他に変わったことは特にない。体が物を通り抜けなかったら花瓶の水を替えるのに。明日は誰かがやってくれますように、と願って教室をあとにする。
次に向かった先は屋上。いつも4人でつるんでいた場所だ。今となっては忍び込むための鍵なんていらない。するりとドアをすり抜けて夕焼け空を拝む。


「久しぶりだなあ」


よく昼飯を奪い合って喧嘩していた。それに放課後はわい談に花を咲かせていたっけ。高杉がいて、ヅラがいて、辰馬がいて。一緒にいるのが当たり前みたいになっていてそれがいつまでもずうっと続いていくと思っていた。


「あ、れ……」


両目から溢れ落ちた液体は風にのって消えた。死神どちらかといえば幽霊である体から出たそれは実体があんのか、と思いながら液体はぽたぽた落ちてコンクリートに染みた。

どうして人間ってやつはこんな不器用で馬鹿な生き物なんだろう。大切なものはいつもなくしてから気づく。仲間も、時間も。もう二度と戻らないものばかり。…死んだんだ、俺。それを痛いくらい噛みしめる。手を伸ばしたって怒鳴ってみたって、同じ時間を生きて共有することは許されない。死とはそういうものだ。


「…くっそ、目から鼻水出てきやがった」


ああ、幽霊でよかった。こんなぐしゃぐしゃでみっともない姿、あいつらに見られてたら俺は死ねる。…あ、もう死んでたわ





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