チキンレース | ナノ





「次どーする?」
「カラオケでも行く?」


みんなが二次会の話をし始めたころ、わたしはもうすっかり出来上がってしまっていた。


「名字ちゃーん、大丈夫?」
「え、もう終点ですか。降ります降ります」
「……ダメだね」


危ないよ、と腕を引っ張られてそのまま体は後ろへ。だけど坂田先輩が抱き止めてくれたおかげで床にこんにちはすることはなかった。


「なに、お酒弱いの?」
「わたしの顔きゅうりに似てるってなんですか!」
「…とりあえず水飲もうか」


そう言って立ち上がる坂田先輩のわきからにゅっと水の入ったグラスが出てきた。頭がよく回らないまま、とりあえずぺこりとお辞儀をしてそれを飲みほす。


「沖田」
「すいやせん旦那。このバカが迷惑かけたみてーで」
「俺は全然大丈夫。つかお持ち帰りしよっかなーとか………って、冗談だって。んな睨むな」
「睨んでやせん。ガン飛ばしてたんです」
「同じだろ!」


ぼーっと中を見ていたら、視界いっぱいに沖田くんの顔が広がった。


「おい、帰るぞ」
「……沖田くんだ」


はあ、と息を吐いた沖田くんに腕をとられる。よたよたおぼつかない足で引っ張られるままに歩いていく。
さっきより静かになったなあ、なんて呑気に思っていたけど、その時酔ったわたしとそれを支える沖田くんをみんなが黙って見ているなんてわたしは知らずにいた。


「さっむー」
「…どこ行く気でィ。電柱にキスする趣味でもあんのかお前は」
「う、わ」


ぐい、とてのひらを掴まれて歩き出す。
あったかいと呟くと繋がれた右手にぎゅっと力がこめられた。そのまま黙って2つぶんの吐息が白く空気に溶けた。


「…お前んち、どっち」
「そこを右でえーす」
「ったく、どうしようもねェや」
「へへー」


ふわふわ
気持ちよくってなんだか心の奥のほうがぽかぽかしているような、そんな感じ。今ならなんでも話せるような気がした。


「沖田くんてさあ、」
「なんでィ」
「かっこいいよねえ」
「………は」
「でも性格最悪!ドSで人の迷惑とか考えなくてホント無理」
「一回殴っていいか」
「でも、優しいんだよね」


にっこり、と笑えば沖田くんは目を丸くしてぷいとそっぽ向いてしまった。


「元カノさんのときはあれだったけどー、でも今とか」
「…今……?」
「わたしのこと、送ってくれてる」
「…」
「あれ沖田くん?おーい」
「お前、」
「どしたの?」
「…やっぱムカつく」


それから沖田くんが近づいてきて、ああやっぱり綺麗な顔だと思っていると唇にむにっと柔らかい感覚。
数秒すればそれは離れてしまって、残念だと思いながらわたしの意識はどんどん遠のいていった。







「頭痛い………」


朝起きたら自分の部屋のベッドの上で、昨日なにがあったのかカケラも思い出せなかった。飲み会に行って坂田先輩と話して……と、それ以上はわからなくて。お母さんにはただニヤニヤされてたけど、その原因を探ろうにもガンガンと常に金づちで頭を殴られているような痛みが走る。まさか二日酔いという理由で大学を休めるはずもなく、机に伏せってうーうー唸っていた。


「ちょ、名字!」
「おはよ…あとあんま大きな声出さないで」
「あんた昨日どうだったの!?」
「いたいって……」


耳を塞ごうとする両手を捕まれて吐け!とガクガク揺すぶられる。……いや、その前に違うものが出そうなんだけど


「あ、沖田くん!」
「……よォ」


顔を赤らめる友達をスルーしてまっすぐにこちらにやって来る沖田くん。またなんか言われるんじゃないかと身構えつつ、片手を上げて返事の代わり。
さすがに今は沖田くんとの口喧嘩に付き合ってられない。


「なんか用、ですか」


頭が痛いのと、ちょっとびびっているのとで自然と敬語。どうやら沖田くんのお気に召さなかったらしく、片眉をぴくりと動かしたまま会話を続ける。


「…お前、覚えてねェのかィ」
「えっ、となにを?」
「…」
「ちょっとなに……や、やめてそれだけはァァ」


どこから持ち出したのか、おもむろにフライパンと頭を取り出してバーンバーンとでかい音を鳴らす。
普通の人ならともかく、二日酔いのわたしにとってそれはもう拷問みたいなものだ。


「キブ、キブゥゥウウ!」


結局それから数十分は鳴り止まなかった。

やっぱ沖田くんは意地悪だし、一生仲良くなれないと思う。



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