チキンレース | ナノ





「いやいやいや、ちょっと待って」
「よし、そうと決まれば行くぜィ」
「行くぜじゃないよ!なに、なんなの」
「オラさっさと歩きやがれこのメスブタ」


腕を掴まれたまま、そのままずんずん食堂を出る。食べかけのカレーライスも、ぽかんと口を開けっぱなしの友達も置いてきてしまった。
いやーだー!と喚いても沖田くんの鋭い眼孔で黙らざるを得ない。




「ど、どこ行くの?」


大学を出ていよいよ自分の身が不安になり始めたころ、おずおずと口を開く。


「喫茶店」
「…なんでそんなとこ」
「女待たせてんでィ」
「お、女!?」


なんで女!
まったく意味がわからなくてただただはてなマークが浮かぶばかり。ようやく着いた先はおしゃれなどこにでもあるような喫茶店。

いらっしゃいませ、と店員さんに迎えられて窓際の席に座らされた。


「総悟」


目の前に座っていたのはなんとも派手めなお姉様。沖田くんを見たあと、さっとわたしに視線を移してそのマスカラだらけの大きな目でじとっと睨む。なんだかいたたまれなくなってとりあえずテーブルにある傷を意味もなく眺めた。


「最近連絡くれなかったじゃない」
「こっちも忙しくて」


どうやらわたしを無視するというコマンドを選んだらしく勝手に話を進めている。あああ猛烈に帰りたい!


「……それで、なんなのこの子」


この女の人に睨まれるたびに穴が、体に穴が開きそうな気がする。できるだけ体を小さくして目立たないようにひっそりと座る。
質問をなげかけられた沖田くんはというとつまらなそうにストローの袋をいじりながらさらりと爆弾を落とした。


「ああ、彼女」
「はああああ!?」
「うっせェ」
「彼女ってなに、え、意味わかんな」
「それ以上言うと塵にしやすぜ」
「…ごめんなさい」


くっそなんでわたしってば逆らえないんだ!
悔しさで歯をくいしばっていると女の人がものすごい剣幕で沖田くんにつめよっていた。


「ちょっと総悟どういうことよ!」
「そーいうこと。だからさっさと俺と別れろ」
「ちゃんと説明してよ」
「説明もクソもねェよ。はやく視界から消えろブス」


う、わあ
一度も目を合わせることなく辛辣にそう言いのけた沖田くんはいつもと同じなはずなんだけど、なんだかすごく怖かった。

女の人は最後にわたしを全勢力をかけて睨んでからすごい音をたてて喫茶店から出ていってしまった。
残されたわたしはただ黙っているしかできない。


「あー、めんどくせェ」


疲れたように首を回す様子をちらりと見て、おそるおそる口を開く。


「いいの?あの人」
「べつに。さっさと終わりにしたかったし」
「……ていうか」
「あ?」
「なんでわたしなワケ!そんでまず説明するとかお願いするとかあるでしょ!!」


なんでわたしがいきなりつれてこられて思いきり知らない人に睨まれて別れ話に付き合わなきゃいけないんだ!


「そんなの簡単だろィ。お前が地味でどこにでもいるような女だから」
「………ハイ?」
「ああいうプライドの高い女と別れるには自分よりブサイクな女つれてったほうが、ずたずたにできるんでィ」


ニヤリと腹黒そうに笑う沖田くんに、鳥肌が立つ。
こいつ本気でドSだ…!

依然として真っ黒い笑みを浮かべる沖田くんとできるだけ距離をとって冷めきったコーヒーを一気に飲んだ。




「あのさあ、」
「なんでィ」
「なんでわたしだったの?」
「それさっきも言ったろィ」
「そうでなく!…沖田くんが彼女役やってほしいって言えばみんな喜んでやってくれるのに」


帰り道、なんとなく気になっていたことを聞いてみる。
わざわざ、大して沖田くんと親しくもないわたしなんかにあんな面倒なこと頼まなくたってよかったのに。


「んなの簡単だろィ」
「………なに?」
「お前がトクベツだから」


足を止める。その前を口笛を吹きながら歩いていく沖田くん。


「と、とととと」
「と?」


不思議そうに振り返ってわたしを見る。……たぶん今、わたしの顔真っ赤だ。


「と、特別って」


頭に血がめぐってワケわかんないくらい心臓が高鳴る。息が苦しい、沖田くんをちゃんと真正面から見れない
…………なんだ、これ




「そりゃ下僕って意味だろ。他になにがあるんでィ」
「は」


げ、ぼく……?


「なに呆然と立ってんだ。さっさと帰んぞ下僕」



すたすた前を行くその背中が今日はいつもの数倍憎らしくてなぜだか無性に泣きたくなった。

やっぱ沖田くんは嫌いだ



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