チキンレース | ナノ





あの一件以来、沖田くんを見る目がすこしだけ変わった。といってもまだ嫌なヤツだというのは変わらないけど


「日替わり定食ください」
「あ、じゃあ俺もそれ」
「お、沖田くん…!」
「なんでィそんな嬉しそうにして。ああ、俺におごりたいんですねィ」
「は?」
「んじゃ、ごちになりやす」
「ちょ、待っ」
「はい860円ねー」
「ええええ!」


おばさんのにこやかな請求に戸惑いながらも財布を開く。そうこうしてるうちに、沖田くんは自分の分の定食を持っていってしまった。


「ちょっと沖田くん!」
「いやー、他人の金で食うメシはうめェや」
「それはよかった…って違ううう!」


あんた最低だ!とは言えず睨み付けるだけに留めておいた。だってあとが怖いし。
黙って箸を取って食べ始める。うん、おいしい


「あ、名字」


名前を呼ばれて振り返れば同じ学部の友達がいた。わたしの向こう側に座る沖田くんを見た途端、顔色を変えた。


「ちょっとあんた!」
「え?」
「なんで沖田くんと一緒にいんのよ!」
「あ、これはたまたま」
「そのわりにはいっつも一緒にいるじゃん」
「そう、かな」
「わたしにも紹介しなさいよ」
「し、紹介!?」


そんなこと言われてもそれほど親しいわけじゃないし。困ったな、と視線をずらすといつの間にか沖田くんはいなくなっていた。


「そんなことしてる間に肝心の沖田くん消えてるけど」


それを聞いて友達はがっかりと肩を落とす。苦笑いで慰めるように背中を叩くと恨ましげな目でにらまれた。


「沖田くんてそんなモテるの?」
「まーね。合コンの時も言ったけど、沖田くんカッコいいから」
「でも性格最悪だよ」


確かに顔はかっこいい、それは認めよう。でも今までされた仕打ちを思い返せば、あんなイケメンでもわたしは好きになれない。むしろ大嫌いだ


「それがいいっていう子もいるよ。ベビーフェイスなのにドSっていうギャップが」
「はあ!?」


いくらかわいい顔つきしてたってあんな性格じゃギャップもくそもない。わたしはベビーフェイスならベビーな性格でいい
ギャップなんかくそくらえ、だ。


「この前の飲み会どーだった?」
「へ」
「ほら荻原くん、だっけ?なんか良い雰囲気だったじゃん」


その名前聞くだけで鳥肌がたつ
まだ友達には事実を言えてなくてなんもなかったよ、と首を振るだけに留めておいた。


「ていうかもう男の子はいいや」
「えー、ずっと彼氏欲しかったんでしょ?」
「まァそうだけどさ…」


だって男の子ってあんなに欲まみれで汚い生き物だったなんて知らなかったから。怖いというイメージを植えつけられ、近づくことさえ躊躇われる。
思い出してぶるっと体を震わす。あー、気持ち悪い


「じゃあ沖田くんは特別なんだね」
「は!?」
「だって仲良いし。」
「いや、それは」


勝手にあっちがわたしにいろんな仕掛けてくるだけで、自分から近づいていってるわけじゃない。というかむしろ避けたいくらいだ。


「荻原くんより親しそうだよ。ていうかぶっちゃけ付き合ってる?」
「なんでそーなる!」
「ほら沖田くんて女の子のこと避けるでしょ?でも名字のことはなにかとかまってるみたいだし」


にまにま笑う友達が憎い。あれはかまってるっていうか、


「つまりわたしが沖田くんの新しいおもちゃってことでしょ」
「そうとも言う」


……だめじゃん、それ
じとっと睨んでも素知らぬ顔。ため息を吐いて食べかけのカレーライスにスプーンを差し込む。

まァ確かに、なぜか沖田くんには他の男の子に感じる嫌悪感とかはない(そのかわり苦手意識や恐ろしさは誰よりも感じるけど)。そういうとこは、ちょっとだけ特別かもしれない。
もぐもぐ片頬を動かしながらそんなことを考えていると、急に視界に誰かが入ってきた。


「おい」
「う、え」


テーブルを叩いてバン!というけたたましい音を出したかと思えば、珍しく真剣な目をした沖田くんがいた。


「な、なにどうしたの」


さっきまでいなかったのに、今度は急に現れた。
わたしの横にいる友達も驚いたようにわたしと沖田くんを交互に見ている。


「お前、」
「はい?」
「俺の彼女になれ」
「…………はい?」


右手に持ったスプーンがカランと皿の上に落ちた。ついでに友達は飲みかけていた水をつまらせてむせている。


「一回でわかりやがれ」
「うえええ!?」




なにが一体どーなった



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