チキンレース | ナノ





大学に入ってからついにわたしに春が訪れた。

先日の飲み会で会った荻原くんに完璧に恋に落ちてしまったのだ。きっと女子校育ちで免疫がないのもあったのだろうけど、あの優しさとふんわりとした笑顔に惚れてしまった。


「カッコいいなあ」
「なに締まりのねェ顔してんでィ。ブサイクに拍車がかかってるぜ」
「おおお沖田くん…!」


いつの間にか隣に座ってるし!講義中なのでこそこそ話ながらできるだけ離れているようそっとノートやら筆箱やらを遠ざけておく。


「ずいぶん警戒してんな」


頼むからほっといてくれ、と切に願う。それともあの時偶然に沖田くんに出会ってからわたしの運は尽きてしまったのだろうか。


「…で、荻原とはあれからどうなんでィ?」
「は?」
「好きなんだろ、あいつのこと」
「なんでっ、」
「俺の情報網見くびんな」


にんまり笑う沖田くんにガックリと肩を落とす。この人に敵う人なんてきっとこの地球上どこを探しても見つからないに決まってる。

「もう放っておいてくれないかな」
「なんでィ、せっかくこんなおもしろいオモチャ見つけたのに」


遊ばないなんて損だろィ。たぶんほとんどの女の子が卒倒するであろう笑顔を浮かべながらそう言い放った。







「あー」


食堂でぺたりと顔を伏せながらうなる。いや、うならずにはいられない。
講義の間、ずうっとシャーペンでちくちく腕やら足やらを刺されたり、レポートで鼻をかまれたり、と沖田くんから嫌がらせを受け続けていたんだから。


「なんか疲れてるみたいだね」
「!」
「隣、いい?」
「っうん」


誰かと思ったら荻原くんじゃないかァァ!そそくさと髪の毛を整えて隣に腰かける荻原くんを見る。


「あ、今日空いてる?」
「え?」
「カラオケにでも行こうと思うんだけど。一緒にどうかな?」


ここここれってデート!?だよね。
うわ、え、どうしよ

どっくんばっこんとダイナミックな音をたてる心臓をどうにかなだめながら、ふんわり笑う荻原くんにむかって首を縦に振る。


「そっか、よかった。お昼はもう食べた?」
「うん」
「じゃあ行こっか」


ああ、わたし幸せすぎて死んじゃうかも




ノリノリで歌をうたうわたしをやっぱりあのスマイルで見守る荻原くん。…かっこいい!


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん」


ひらひらと手を振って見送り、続きを歌いはじめる。ふと喉がかわいてグラスを手に取るももう氷しかない。なにかいれてこようと立ち上がってドリンクバーへと向かう。


(荻原くん)


壁に寄りかかるようにして立っている荻原くんを見つけて声をかけようとして、あわてて止めた。どうやら電話をしているようでときどき笑っている。
聞くつもりはまったくないのだけれど、いかんせん声が響きやすいため会話が聞こえてしまう。


「そうそう、例の子と今デート中」


きゃっ!デートだって
もしかして脈ありなんじゃないかな、これは。わくわくしながらまた耳をかたむける。


「このあとはホテル連れ込んでそのままヤるつもり。あ、お前も来れば?マワしてやるよ」
「!」


声が漏れそうになるのを必死に抑える。
目の前で電話している荻原くんはわたしの知っている荻原くんとはまったく別人に見える。ホテルとか…ヤるとか……わけ、わかんないよ。

カツン

廊下に音が響く。
プラスチックのグラスがころころ転がる。慌てて拾い上げるも、もう遅い。


「ありゃ、聞かれてたか」
「荻原くん……」


しまったという顔なんかしてなくて、むしろにんまりと笑みを浮かべている。わたしの大好きなふんわりとした優しげなものとは似ても似つかない。


「ちょうどいいや、このままホテル行こうぜ」
「や、やだ!」
「いいから来いって」


ぐい、と力強く腕を掴まれてしまう。抵抗らしい抵抗ができるはずもなくそのままずるずる引きずられる。

今まで女の子ばかりの環境で育ってきた。あんなきらきらしてかわいい生き物とはかけ離れている。やっぱり男なんか気持ち悪い、怖い。
自然と目じりに涙がたまる。大声を出したくても喉がからからで声が出ない。
……わたしこのまま連れていかれるのかな


「お前そんなブスがいいのかィ。趣味悪ィな」
「お、沖田!」


荻原くんがそう言うのと同時にバキッ!と音がした。目をつぶれば今まで腕を引っ張っていた力強さが消えていく。そっと目を開けると床で呻く荻原くんとその背中に足をぐりぐり押しつけている沖田くん。


「よォ、メス豚」
「沖田くん!」
「頼むから俺がかっこよすぎて惚れたとか言うなよ」
「大丈夫、それはない」
「死ね」


ぱこーんと頭をはたかれたけど、今だけは我慢してあげよう。



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