チキンレース | ナノ





友達もできて、新しい生活にも慣れた。毎日が楽しくてきらきらしている。


「これからみんなで遊びにいこーよ」
「いいねえ」
「名字ちゃんも来るでしょ?」
「え、わたし?」


講義が終わってわいわいと話している傍らでひっそりとそれを聞いていたら、急に話をふられた。ニコニコと笑いながらこちらを見つめるみんなに負けて首を縦に振る。
……男の子も、来るのか。女子校育ちのわたしにとってまだ男の子は慣れない存在。できればあまり関わりたくないのだけど。

結局飲み屋に行くことになり、友達と歩いていく。ぞろぞろと大人数で歩けば人の目をひくのは当然で、周りの人の視線がすこし痛い。


「あ、沖田くーん」
「!」


ギャルっぽい子が黄色い声で呪いの名前を呼んだ。いやな予感がしながらもその方向を見ると、案の定くりっとした目をした男が立っていた。
あれからたまにキャンパスの中で見かける程度だったのに。なるべく関わらないようにとこそこそ隠れながら過ごしていたわたしの日々は水の泡。みんなで集まって騒ぐことが好きらしく、たぶん今回もこの輪に加わる気だ。こちらに歩いてくるその男にため息を落とす。


「これからみんなで飲みに行くんだー。沖田くんも行かない?」
「へー、おもしろそうじゃねェか」
「こっからすぐだから」


うーわ、最悪。結局こうなんのか。真っ青な空をあおぐ。できるだけ近づかないようにしようと決めてみんなのあとを追った。

あれやこれや注文をして一段落。わいわい盛り上がって自然とお箸もグラスも進む。


「もうちょっとつまみ頼もうか」
「じゃあわたしメニューもらってくるね」


ずっと座りっぱなしだったから、軽い運動がてらに立ち上がって店員さんを探す。メニューをもらっていざ戻ろうとしたとき、小さな段差に気づかず靴がそれに引っかかる。

(やば……!)

ぐらりと揺れる視界。ぎゅっと目をつぶって来るであろう痛みを黙って待つ。


「大丈夫?」
「………あ」


腕を掴んでくれたのはさっきあの場所にいた男の子だった。優しそうに笑いかけてくるその男の子に、免疫のないわたしは顔が熱くなってしまう。


「ケガしてない?」
「うん、ありがと」
「メニューもらった?」
「うん」
「じゃあ戻ろうか」


そっとエスコートする素振りがまたかっこいい。怖いというイメージがあった『男』という生き物のなかにこんな素晴らしい素敵な人がいたなんて。
みんなのもとへ戻るころにはわたしの目はハートになっていたにちがいない。


「よう」
「!」
「なんでィ、会いたくなかったっつー顔しやがって。メス豚のくせに」
「っ、メ…!」


メス豚って、あんた何様!たぶんわたしが出会ったオトコのなかで一番最低のやつだ。
ふん、と鼻を鳴らしてグラスを傾ける。にやりといやな笑みを浮かべたまま、勝手に話を続けていく。


「あんた、あいつと知り合い?」


あいつとはさっき助けてくれた男の子のことだろう。名前さえ知らないわたしは首を振って先ほど初めて会ったことを告げた。


「沖田くん、あの人のこと知ってるの?」
「荻原だったけ。大学内でけっこうモテるってことくらいは知ってる。……まァ俺ほどじゃねーけど」


あーあー、そうですか。とんだナルシスト野郎だと心の中で毒づく。…百歩譲って顔が良いことは認めよう。うん、かっこいい。だけどそれとは反比例するのは性格。そのせいで顔の良さが台無しになってる。

それにしても。


「荻原くん…か」
「……………あいつに惚れてんのかィ?」
「そこまでじゃないけど。ていうかなんでそれを沖田くんに言わなきゃいけないの!」


やたらと絡んでくる沖田くんにうんざり。つまらなそうに口を尖らせているのを見ると、大方みんなにバラすおいしいネタを探していたのだろう。


「ま、気をつけたほうがいいことだな」
「?なにが」
「あんたが思ってるほど、世の中甘くねーよ」


はァ?といぶかしげな目を向けると、沖田くんはすでに違うグループのところに行ってしまった。
まったく、意味わからん。ぐびぐびと喉を鳴らしてお酒を一気に飲んでいると隣に荻原くんがやって来た。


「名字ちゃん、だよね?」
「え、あ、うん」
「さっき名前聞く前に行っちゃったから。友達に名前聞いたんだ。…あ、俺は荻原。よろしくね」
「よろしく、荻原くん」


どうやらわたしは荻原くんの笑った顔に弱いらしく、頬が熱くなってしまう。目をスッとそらしてなんでもないように装う。


「あの、さ」
「?」
「もしかして沖田と付き合ってたりする?」
「えっ!」


言いにくそうにもごもごしているから、なんだろうと思っていたら。予想外の言葉にしばらくぼんやりしていたけど、すぐにブンブン首を振って否定する。


「違う!全然そんなんじゃないから!」
「そっか………よかった」


よ、よかった?
ぽかんと荻原くんを見つめれば恥ずかしそうにまたね、と言って友達のもとに行ってしまった。



もしかしてわたし、春が到来しちゃったんじゃないだろうか。



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