チキンレース | ナノ
「ね、後ろ見てみ」
生暖かい風に吹かれながらつぶった目をおそるおそる開く。
しがみつきながら坂田さんにそう言われて振り返れば、必死になりながら全速力で追いかけてくる沖田くんが見えた。
「………おきた、くん」
「…俺、さっき沖田くんに名前ちゃんのこともらっちゃうよって言ったんだよね」
「それって、」
「そしたらあーんな必死になっちゃってさァ」
あんな顔見たことねーよ
そう言った坂田さんに頷く。わたしだって見たことない。
「これで勝率100%、だな」
ぼそりと呟いた坂田さんの言葉を頭のなかでぐるぐる考える。
沖田くんはわたしのことを追いかけてるの?坂田さんにそうやって言われたからいま、走ってるって考えてもいいのかな。今までされたいじわるも、悪口もすべて裏返しの感情だって思っていいの?
わたしと同じ気持ちだって、
「……っ、坂田さん」
「んー?」
「都合のいい方に考えてもいいんですかね。わたしが勝手に思っちゃっても」
「いーじゃん、別に」
にやりと不敵に笑って、キキキとブレーキが鳴る。
「行きなよ」
そうして背中を押してくれた坂田さんにぺこりと頭を下げて、駆け出す。
まだ遅くないといい。ずいぶん遠回りをしてきた気がするけど、間に合うかな。
はあはあと肩で息をする沖田くんに駆けよってなにか言おうと口を開く。
でも、なにを最初に伝えるのが正解で一番良い選択なのかがわからない。
「…はあ」
「お、沖田く…っ!」
息を整えた沖田くんが顔を上げたのと同時に腕を引かれた。視界いっぱいに広がる整った沖田くんの顔と、唇につたわる熱。遠くで坂田さんがヒューと口笛を吹くのが聞こえた気がした。
永遠にも、ほんの数秒のことにも感じられた。
「………沖田、くん」
唇が離れてから名前を呼ぶ。吐息がかかるくらいの距離に顔が赤くなるのがわかるけど、離れようとは思わない。気持ちがどんどんあふれてくる。そうしてまた再確認する。わたし、やっぱり沖田くんが好きだ。
見つめあって数秒か、数十分か。沖田くんの紅い瞳が揺れた。
「俺と、付き合え」
ポーカーフェイスで、いつものような読めない表情。それでも髪の毛の間からのぞく耳が真っ赤で、隠しきれていない気持ちが鈍感なわたしにでもわかるくらいはっきりと。
「………はい」
なんで敬語なのかとか後々考えたらおかしいけど、そのときはもういっぱいいっぱいだった。
一瞬沖田くんがふわりと笑った気がしたけど、勘違いだったのかもしれない。すぐにぎゅっと抱きしめられて確認することができなかったから。
思えば回り道ばっかりで、素直になれないことだらけだった。最初はキライだったし、苦手だった。男という未知の生き物だったはずなのに、いつの間にかいつもそばにいて頼ってしまうトクベツになっていた。
それでも自分の気持ちを蓋をしてなんでもないように振る舞って。そして最後にはその想いは無視なんかできないんだって思い知る。
沖田くんが、好きだ。
「すき」
ぽつりと呟いた言葉が聞こえたかどうかはわからない。でも、抱きしめる力がちょっとだけ強くなった気がした。
臆病者同士の回り道だらけのみっともない駆け引き。それでも決してムダなんかじゃないって、わたしは信じたい。