チキンレース | ナノ





もう少しすればわかる、と言われて早一週間。あの坂田さんのことだしたいして気にすることでもなかったのかも、と感じてきた。




「暑いー」
「お前の存在が暑い」
「……なにそれ」
「あ、コンビニ寄ろ」
「ちょっと沖田くん!」


大学は夏休みに突入した。高校よりすこし長い夏休みに、なぜかわたしは沖田くんといた。
レポートのために図書館に行った帰り、たまたま鉢合わせてそして今に至るというわけだ。


「涼しい」


ひんやりとした空気に思わず目を細める。体感温度はたぶん5℃くらい違う。


「ん」
「…なんで当たり前のようにアイス差し出してんの。言っとくけどわたし払わないからね」
「俺金持ってねー」
「あっそ。じゃあわたしだけ買お」


いつもいじめられていた仕返しとばかりに、得意気にお気に入りのアイスをレジへと運ぶ。ちらりと横目で見た沖田くんはかなり不機嫌そうだった。

ありがとうございましたー、とやる気のないバイトの声に見送られて炎天下の道をまた歩き出す。でも、わたしの手にはアイスがあるからすこしは暑さも和らぐ。


「あー、おいしい!」


にやにや笑いながら振り向くと、紅い目にぎろりと睨まれた。それでも懲りずにアイスの美味しさを語りだす。……こういうところでしか沖田くんに仕返しできないし。


「やっぱ夏はアイスだよね」
「…うるせェ」
「あああ!」


不意にアイスを持つ手を掴まれて、気づけば沖田くんが片頬を膨らませて満足気に笑っていた。右手のアイスは欠けていて、さっきまでの姿はどこへ。


「…っ」


でも、それよりなにより気になったのはわたしの食べたアイスを沖田くんが食べたということ。それに合わせてこの前坂田さんが言った言葉を思い出してしまった。

『沖田くんが好きなんでしょ?』


「おい」
「な、なに?」
「なに顔赤くしてんでィ」
「赤くないよ!暑いだけ!」
「……ふーん」


一応は納得したらしい沖田くんは黙って歩く。


「おっす」
「……お久しぶり、です」


そんな時、唐突に坂田さんは現れた。


「…なんの用ですかィ」


警戒心むきだしで、威嚇するかのように睨む沖田くんとそれをさらりと受け流す坂田さん。
なんだかまたひと悶着ありそうだと、内心頭を抱えていると肩に手が置かれる。


「用があるのは沖田くんじゃなくて、名前ちゃんだから」
「は?」
「え?」


沖田くんとわたしはぽかん、として面白そうにしているのは坂田さんただ一人だけ。ぐい、と引かれるがままに足を進めると後ろから沖田くんの怒ったような声がした。

それに気づいた坂田さんがそっと沖田くんに耳打ちしたかと思うと、すぐに坂田さんに手を引かれて自転車の荷台に乗るように言われる。


「掴まってろよ」
「え、ちょっ」


カシャンという音がして、ぐらりと体が揺れる。ぐんぐんペダルをこいでいる坂田さんのわき腹あたりの服の裾を掴む。
なにをしたいのか分からなくて戸惑うばかりで。


「名前!」


沖田くんに初めて名前を呼ばれたと気づいたのは、もうすこし後のことだった。




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