チキンレース | ナノ





なぜ目の前でこんな険悪な雰囲気になってるんだ。
なにもわからなくて、ただにやにや笑っている坂田さんとそれを睨んでいる沖田くんを見る。


「なに、俺間違えたこと言ってる?」
「……ホント、食えないお人でさァ」
「ははっ」


すっと雰囲気がすこし和らいで、嵐は過ぎたんだと直感的に感じた。わたしがわからないまま、ふたりの話は終わったらしく不意に坂田さんがこちらを向いた。


「じゃ、名前ちゃん考えといてね」
「え」
「合コン」


さっきの話か、と考えているうちに坂田さんは手を振って行ってしまった。
結局なにがしたかったんだろう。首をかしげて、まあ坂田さんの思考なんて考えるだけでもムダだという結果に落ち着いた。


「…行くのか」
「あー、合コン?行かないよ。」
「………あっそ」
「なに?どうかした?」
「べつに。つーかさっさとポテト食えのろま」


人のポテトに手を出しながら文句を言う沖田くんは、いつも通りに見えた。







「よっ」
「……坂田さん」


授業の空き時間にキャンパス内を歩いていると、坂田さんにばったり会った。いつもこうして偶然会うけど、この広いキャンパスで偶然は何度起きるんだろう。

ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、いつものように口の端を上げて挨拶された。それに応じてわたしも頭を下げる。


「返事、聞きに来た」


言われて、この前言っていた合コンの話だと気づく。坂田さんがベンチに座ったのにならってわたしも隣に腰をかけた。


「誘ってくれてありがとうございます。…でもやっぱりいいです」
「沖田くんが好きだから?」
「えっ!?」


予想していたものとはまったく違う反応に、思わず隣の坂田さんを凝視してしまった。
そんなわたしを見てにやりとあの笑みをこぼした。


「気づいてんでしょ?名前ちゃんは。」
「……」


沖田くんを特別だって定義したけど、やっぱりそれはそういう意味になってしまうのかな。素直に頷くのはなんだかイヤで、とりあえず黙っておく。


「この前俺が沖田くんに言ったこと覚えてる?」
「この、まえ……?」
「そ。恋人じゃなくちゃ縛ることだってできねーって話」


なんとなく思い当たる節があって、首を縦に振る。


「あれ、名前ちゃんにだって言えることだから」
「……え?」
「例えば沖田くんが誰か他の女と付き合っても名前ちゃんはなにも言えない。ただ指くわえて見てるだけ」
「………」
「言わなきゃ変わんねーよ。良くも悪くも」


坂田さんの言いたいこと、なんとなくだけどわかる。でも、やっぱり、


「…わたし、勝率100%のゲームしかのりたくないんです」


誰だって負けるのはいやだし、怖い。わたしなら特に自分が勝てる勝負しかやりたくない。
逃げているって言われてもいい。だって逃げている間は勝っても負けてもいないから。


「…それじゃあ博打打ちにはなれねーな」


よいしょ、と呟きながら坂田さんは立ち上がる。

坂田さんの言うように、きっと臆病者は勝負にもならない。いつまで経っても見ていることしかできないのかもしれない。


「でもよォ」
「…?」
「誰も真っ向勝負じゃなくちゃいけねーなんて言ってねえよ」
「…どういう意味ですか?」
「また近いうちに会うから。そんときわかるよ」


そう言い残して、坂田さんは背中を向けて行ってしまった。

坂田さんは本当に掴み所がなくて、よくわからない人だ。ふわふわ浮いているように歩く後ろ姿を見ながらぼんやり思った。




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