チキンレース | ナノ




初めて会った感想は、平凡な女。二度目会ったときは面白い女。そんでからかいやすいヤツ。
でも今は、好きな女

女子校育ちというだけあって、男に鈍感でわけのわからん野郎に騙されてたっけ。颯爽とまさに王子のように助けてやれば泣きそうな顔でありがとうと言われた。


「女の子は大切にしなきゃダメだぞ」


旦那と話していたあいつにイライラをぶつけたあと、トイレに立った。用を足し終わり手を洗っているとき背後から不意に旦那にそう言われた。


「……なんですかィ、それ」
「んー、ただの一般論」


意味ありげにニヤリと笑う。よくこの人に似ていると言われるが、そんなところただの1つもない。まったく、敵いやしねェ

なんで旦那にはすぐ見透かされちまうのに、気づいてほしい相手にはすこしも届かないのだろう
不満気にボリボリ頭を掻いてため息を吐く。


「告白、しねーの?」


鏡でコンプレックスだという髪の毛をいじりながらそう尋ねられた。


「…できたら苦労しやせんよ」
「へえ、そりゃ意外だ。沖田くんけっこう攻めてるように見えたけど」
「……」


怖い、と言ったら笑われそうな気がしてなにも言わないでおくことにする。

たった2文字を伝えただけで良くも悪くも世界は変わる。一緒にいることを許されるかもしれないし、あるいは拒否されるかもしれない。未来は二択しかないが、どっちに転ぶかはたとえどんな偉い学者でもわからない。
わからないことは、ひどく恐ろしい


大切だからこそ、踏み出せないのだと歌ったのは誰だったっけ







なぜか最近妙に避けるようになったこいつを、どうにか逃がさないようにと思いついたのは我ながら幼稚な、ガキみてえなやり方だった。奪い取ったカバンを持ちながら大学の門まで走る。
ようやく息を切らしながら追いついた姿を見て、ぽいとカバンを放る。歩き出した後ろからついてくる姿を確認。


数分の沈黙のあと、耐えきれなくなったらしくなぜか旦那の話ばかりする名字にイライラする。

お前がいま一緒にいるのは誰だ、目の前を歩いているやつは誰だ。
ぐっと腕を引き寄せて、顔を寄せる。その瞳に俺だけを写す瞬間がたまらなく好きだ。そのまま顔を近づけるとどん、と胸を押された。さほど強い力ではないものの、突然のことでよろめく。


「い、イヤだ!」


眉を寄せて情けない表情でそう言われて、さっきまでのイラつきがまた甦る。そんな俺の雰囲気に気づいたのだろう、泣きそうなまま睨まれた。


「なんでこういうことするのか、ちゃんと言ってよ!」


なにを、言えばいいんだ
お前が好きだって?俺のものになれって?

それなら、もし俺がそう言ったら、お前はなににどう応えるって言うんだ
100%の望みがあるわけじゃねえ、なんの保証もありゃしないのに。


「言えねェよ、んなこと」


好きだって体中が叫ぶ
抑えきれない感情がある
伝えたい気持ちがある
だけどどうしたってそれができない。

うつむいて呟くと、沈黙。お互いなにも言わないまま時間だけが過ぎていく。


「……わたし、帰るね」


唐突に言われたそれ。わずかに震えた言葉が、今こいつが泣きそうになっているのことを教えてくれる。
それでも優しい言葉ひとつ、慰める仕草ひとつ、することはできない。

ばいばい、と言ってだんだん遠くなっていく足音。うつむいたまま、それを見送った。


「泣きてェのはこっちだ、バーカ」


呟かれた言葉は誰に届くでもなく、そのまま空に溶けた




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