チキンレース | ナノ
「あっつー」
最近急に気温が上がって、もう春だといえるような季節じゃなくなってきた。じっとりと汗ばむ首とおでこをタオルで拭う。
冷たい炭酸飲料を喉を鳴らして飲んでいると、目の前に影がさす。
「よォ」
「……」
「おい」
「……」
「テメェ、俺を無視するなんて良い度胸じゃねーか」
ぐい、と一気に沖田くんが近づく。
またキス!?ていうかここ教室なんだけど!
頭はぐるぐる混乱していてそれでもとりあえず目をぎゅっと瞑った。
「ばーか」
え?とおそるおそる目を開けるとニヤニヤ笑いながらこっちを見る沖田くんがいた。
「なにされると思ったのかねィ」
「〜〜〜最ッ悪!」
だから嫌いなんだ、この人。むすっと眉を寄せて不機嫌なオーラを出しても、沖田くんは喜ぶだけ
「あー、そうだ」
「……なに」
「これ」
ぴらりと出されたのはでかでかと花火大会のお知らせと書かれた紙。
わたしたちの住んでいる地域は花火大会がはやく開催されることで有名だ。まあまあ大きな規模でやるからたくさん人が集まる
「これ、がどうしたの?」「……お前バカか、いやバカだろ。」
「はァ!?」
「この総悟様がわざわざお前んとこ来て、このチラシ見せてる意味わかんねーの」
「意味って…」
花火大会のチラシを持って沖田くんがわたしにわざわざ話しかけにきた……あ
「わかったみてーだな。じゃあイエスかノーかで答えろ」
いつかみたいに二択で迫られた。わたしはたぶんこういう質問のされ方に弱いんだと思う。
「い、イエス」
にんまり
そんな風に笑ってチラシを押しつけてきた。
「日曜、5時、大学の前で待ってろィ」
「え、あ、うん」
そのまま背中を向けて行ってしまった。まったく勝手だな、とさっきもらったチラシを見つめる。
なぜか自然と笑みがこぼれてきて、くすぐったいような感覚になる。たぶん嬉しい。でもそう思うことが恥ずかしい気がして。とても一言では言えない気持ちに。
*
「……浴衣着てねーし」
「なんか言った?」
「べつに」
開口一番なぜか沖田くんはすこし不機嫌で、びくびくしながら歩き出したそのあとに続く。
太陽が沈みかけていて、そのせいか気温はすこし低くなってひんやりと冷たい風が吹いている。沖田くんの2歩くらい後ろを歩いてついていく。
「ほら」
急に立ち止まって指差されたほうを見れば
「………わあ」
ぽつぽつ灯る明かりに、色とりどりの屋台。大人も子どももごちゃごちゃになって笑っている。
行くぞ、と手を引かれてまた歩き出す。自然と繋がれた手にドキドキしてしまう。でもたぶん一度離したらもう二度と繋げなくなってしまいそうな気がしてゆるく力をこめた。
「わたし、ベビーカステラ食べたい」
「普通りんご飴だろィ」
「だって食べたことないし…」
「はァ?」
ありえないとでも言うような目で見られて、戸惑う。ちょっと待ってろ。そう言い残して人混みに消えてしまった
なんだよ、とふてくされた自分が妙に子どもっぽく思えてすこし恥ずかしい。仕方ないからぶらぶら歩いて屋台を見て回る。
「おい」
「いた!」
「ったく、勝手にいなくなんじゃねーや」
「先にいなくなったのそっちでしょ!」
「ん」
差し出されたのは真っ赤なりんご飴。おずおずとそれを受けとると、沖田くんは素知らぬ顔で自分用のわたがしを食べている。
「あ、りがと」
「……行くぞ」
ひょいと片手を掴まれてそのまま引かれていく。
まるで、当たり前みたいに。わたしと沖田くんの手は繋がれているのはなんでだろう。
「お」
パン、と音がしたかと思うと鮮やかな赤や黄が真っ黒な夜空に舞う。思わず立ち止まって見上げてしまう
言葉をなくしてしまうほどの美しさ。はあ、と疲れた時のものとはため息をついてふと隣の沖田くんを見る。珍しく黙ってじっと花火を見つめる横顔にどうしようもなくドキドキする。
わからない
どうしてあのとき沖田くんがキスをしたのか。好きだと言われたことなんかないし、というかそもそもそれらしいことを聞いたことがない。
それでもこうしてわたしを花火大会に誘ってくれて、手を繋いでいるのだから嫌いではないのだろうけど。
だけど一番わからないのは、自分自身。苦手だった男という生き物。そして大嫌いだった沖田くんなのに。もっと一緒にいたいと思う。繋がれた手が身体中に幸せだと訴えてくる。
大嫌いだったのに、こんなのまるで、
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