チキンレース | ナノ
「死ねェェエ」
「うるせェ、クソアマ」
罵倒のすぐあとに破壊音。あれから神楽ちゃんは頻繁にやって来るようになった。理由はよくわからないけど毎日こうして沖田くんとケンカしている
ベンチでその様子を遠目に見ながらなんとなくもやもやして、気分が悪くなる。
『喧嘩ップルだよね、あれ』
今日、講義中に友達に言われた一言だ。
沖田くんと互角に戦ってる時点でかなりの大物だし。なんだかふたりともお似合いだね
そう続けた友達になぜか素直に頷けなかった。というか認めるのがイヤだと言ったほうがしっくりくる
でも考えてみれば、女の子に冷たかった沖田くんはなぜか神楽ちゃんにはきちんと相手をしてるし(ケンカしてるだけだけど)。ケンカするほど仲がいいって言うし
「はぁ…」
考えれば考えるほどぐちゃぐちゃになって、憂うつになる。そして一番わけがわからないのはわたし自身
沖田くんとあまり話さなくなって、寂しいだなんて思ってしまう。
「…帰ろ」
ひとりで悩むのも飽きた。家に帰ってゆっくりすればすこしはマシになるかもしれない
ベンチから立ち上がってよたよた歩き出す
「おい」
「ぐえ」
不意に首根っこを掴まれて女子らしからぬ声が出た。げほげほ咳をしながら振り返れば、あめ玉を舐めながらいつもの無表情で立っている沖田くんがいた。
「な、にすんの!」
「お前もう帰んのかィ?」
「人の話聞いてないし…うん、授業もないから帰るつもり」
「じゃ、俺も帰ろ」
「え!?だって沖田くんこのあと授業あるじゃん」
「サボり」
「ちょ、ちょっと!」
おら先行くぞ、とそのまま背中を向けて歩き出していってしまう。慌ててそれを追いかけて沖田くんの数歩うしろに続く
特に言うこともなくて無言になる。ほんのすこしの沈黙が気まずい。この前はどんな話をしていたっけ。思いだそうと頑張ってもなんにも出てこない
「神楽ちゃんと、」
付き合ってるの?
言いかけて口をつぐむ。わたしは今なにを言おうとしてた?
「チャイナがなんでィ」
「な、んでもない」
そんなこと、お前に関係ないと言われてしまえばそれまでだ。沖田くんにそう言われるのが怖い。わたしは今までどんな風に話してた?
なにも言葉がでなくて俯くと、沖田くんにバシンと頭を軽く叩かれた。
「な、なにすんの!」
「うじうじしてんじゃねーや、めんどくせェ」
「めんどくさいって…」
「これから俺が聞くことにイエスかノーで答えろ」
「はい?」
じゃあまず1問目ー、と歌うように言う沖田くんにつっこんでもまったく人の言うことを聞かない。
「俺はかっこよくて素晴らしく人間である」
「ノー」
「なんでそこ即答なんでィ」
まあ、なんとなくやることはわかったけど。意味はまだはっきりしない
次の質問を待つように、数歩前を歩く沖田くんを見つめた。
「チャイナが嫌いだ」
「!……ノー」
神楽ちゃんのことはべつに嫌いじゃない。ていうかあの沖田くんと同等にケンカできているところはかなり尊敬してる。
「俺がチャイナといるのを見るのはおもしろくない」
「……」
「返事」
「………い、いえす?」
認めたくない、でも変に意地を張るのもかっこ悪い気がして。二択で答えろと言われればおのずと決まってくる。そっぽをむいて小さく呟くと沖田くんは満足そうにくつりと喉を鳴らした。
「へェ……」
「な、なに?」
「いや別に」
「じゃあニヤニヤすんの止めてよっ!」
「気のせいだろィ」
「〜〜っ、もういい」
珍しく機嫌が良いらしい沖田くんをわざわざ怒らせることのないよう、黙りこむ。その日の帰り道が妙に気恥ずかしくてまともに沖田くんのことが見れなかった。
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