ケータイに登録した高杉のアドレスや番号はとっくに消したし、拒否設定もした。まあそんなことしなくてもやつから連絡が来ることはないだろうけど。それにあんなに怒鳴っても、高杉にとってはへでもないだろう。アパートから出ていくときに聞こえた高杉の声もきっとふざけんなクソ女とかそういう罵倒だったんだろうな。
学校の友達にはなんて説明しよう。噂好きな級友の顔を思い浮かべながら玄関のドアを開ける。適当に濁すよりかは全部ぶちまけてしまったほうがいいかもしれない。そう思って角を曲がったとき、視界に飛び込んできたのはまさかの男だった。
「げえっ!」
なんで高杉がここにいるんだ。びっくりしすぎてものすごい声が出たけど、気にするもんか。それより目の前のこの状況をどう打開するかが問題だ。
ゆっくりと近づいてくる高杉にとりあえずわたしは逃げることを選択した。
「っおい!」
高杉に怒鳴られても止まらないぞ、わたしは。
そもそも高杉がわたしを待ち伏せしてる理由なんてひとつしかない。きっと昨日の仕返しをするつもりなんだ、そうとしか考えられない。あんなプライド高い男にあれだけの文句をぶちまけたら怒らせるに決まってる。
ちらりと後ろを振り返ると高杉がものすごい形相で追ってくる。あれ、絶対怒ってるよ!
止まったら間違いなくぶっ殺される。そう確信してとりあえずすこしでもはやく足を動かすことに専念した。
「待てって!!」
…だけどまあ、男の脚力に勝てるはずもなく。すぐに腕をつかまれて確保されてしまった。
「は、離してよ」
「おい」
「ヤだって!」
「…行くな」
突然、胸板にぎゅっと押し付けられるように抱きしめられる。いやだと身じろいでも力は強くなる一方で。
「頼むから」
ホントに高杉なのかと疑ってしまいたくなるような弱弱しい声がして、動きを止める。すん、と鼻を鳴らすような音が聞こえた。
「高杉…?」
「悪かった」
肩口でぽつりとこぼした。
「そっけなくしたのはお前のことがきらいになったとかじゃねえ」
「…」
「怖かったんだ」
初めて耳にしたこの男の震える声を聞き逃さないようにと、次の言葉を待つ。
「まともな恋愛したことねえし…気持ちぶつけたら逃げられるんじゃねえかとか、思ったりして……」
「………逃げるわけ、ないじゃん」
「お前が思ってるより重いんだよ、俺は」
飄々としていて掴みどころのないやつ。きっとわたしのことなんてただの気まぐれで付き合っている女としか思ってないはずだって、そう思ってたのに。
「他の男と話してる姿見たらそいつのことぶっ殺したくなるし、できる限り一緒にいてえし」
「たかすぎ」
「それぐらい好きなんだよ」
なんだよ、それ。
「好きすぎて怖いって…馬鹿じゃないの」
「…」
「ほんっと馬鹿、あほ。どんだけ悩んだと思ってんの」
「…」
「つらかったんだよ、わかってんの」
「…」
どんどんと胸を叩いて今までの恨みつらみをぶつける(すこし鼻声になっているのはもうこの際無視だ)。
だけど高杉はなにも言わずにただわたしの話を聞いている。…なによ、いつもみたいに言い返せばいいじゃない。うるせーって文句言ってわたしの言うこと無視すればいいのに、なんで謝るばっかりでなんにも言わないの。
「ごめん」
ようやく喋ったと思ったら、ただ一言それだけだ。
泣くまいと踏ん張って情けなくへの字になった眉あたりにそっとキスを落とされる。それから右手をとられてそこに指輪をはめられた。
「好きだ」
「……わかってる」
仕方ないから許してやってもいい、と言うともう一度強く抱きしめられた。
title:東の僕とサーカス