ごちゃごちゃ | ナノ
拝啓、ろくでなし



この男と付き合ってから、「好きだ」だの「愛してる」だの言われたことがない。
年がら年中浮ついたことを囁かれるのも嫌だけど、わたしだって女の子だから少しくらい甘い言葉がほしい。それだけじゃなく、高杉はいつだってそっけない。腕を組もうとすればそっと避けられるし、話をふるのはいつもわたしの方。クールぶってるのがかっこいいとでも思ってるのだろうか。中二病こじらせんのもいい加減にしろ、と素知らぬ顔で雑誌を読んでいる高杉に視線を投げる。

「なんだよ」
「べっつに!」
「なに不機嫌になってんだよ、めんどくせェな」

めんどくさいだと?!わたしに言わせればあんたの方が数万倍、数億倍めんどくさいわ!聞こえないように小さく舌打ちしてかばんを持って立ち上がる。

「どこ行くんだ」
「帰んの!じゃーね」

結局一回も雑誌から目を離すことなく、ましてや引き留められることもなく、わたしは高杉の家から出た。

「あーあ、なにやってんだろ…」

好きだけど、だけどでも同じくらい嫌になることがある。
もっとこう恋人同士ってキラキラしてて甘酸っぱいものじゃなかったっけ。好きな人と両想いになれて一緒に過ごすことができて。少なくとも少女漫画やわたしの想像のなかではもっと幸せだったはずだ。なのにどうしてこんなに痛くて切ないんだろう。

ちらりと右手に光る指輪を見る。去年の誕生日に放り投げられるようにもらったプレゼントだ。お返しにとあげた指輪は一度も高杉の指を飾ることはなかった。いまあいつが持っているかも疑わしい。
馬鹿馬鹿しい。笑いがこみあげてきてへへ、と変な声がもれた。こんなもの何の意味もない。指からそれを引き抜いてポケットに入れる。道端に捨てることもできずに結局はずっと持っているであろう自分に、また笑えてきた。







今日はガラにもなくほんのすこし緊張している。カバンに入っている封筒の中身を確認して、また心臓がどくどく音をたてる。
今度の日曜日は、わたしと高杉は付き合って2年になるいわゆる記念日というやつだ。封筒には遊園地のペアチケットが入っている。この日だけは恋人らしく、ちょっといちゃいちゃなんかしたりして過ごしたい。すこしくらいなら高杉の乱暴な態度にも目をつぶってあげる。だからお願い。この日だけは、一緒にいようよ。

「高杉」

ゲームを中断し、ジュースを飲んでいる背中に声をかける。わずかに声が震えたけどこいつは気づかずに、ぶすっとした顔で振り向いた。

「あ?」

どこぞのヤンキーだよ、と突っ込みたくなるような返事。どうやら今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。長年高杉と一緒にいたわたしもこの鋭い視線と低い声に若干びびり気味だ。でも、ここで引くわけにはいかない。

「こ、今度の日曜日さ、遊園地行かない?」

封筒からぴらりとチケットをちらつかせる。ひきつった笑顔でそう言うわたしを一瞥して、高杉はテレビ画面へと視線を戻してしまった。
そのままスタートボタンを押して、ゲームを再開させている。

「ねえ、たかす」
「うるせえな」

すっと頭が冷えていく。背中に触れようとした手が止まる。

「なんでそんなとこ行かなきゃいけねえんだよ。行きたいなら一人で行け」

カチャカチャとコントローラーをいじる音がして、それきり高杉は黙ってしまった。
…ああ、こいつは知らないんだ。日曜日がわたしたちの記念日だってこと。期待したわたしがバカだったよ。そうだ、こいつはそういうやつじゃないか。今に始まったことじゃない。だけどもう、我慢できない。

「……かつく」
「は?」
「むかつくんだよ!あんた!!」

いつも崩れない高杉の表情が驚いたものへと変わっていった。だけどわたしの怒りは収まるどころかどんどんヒートアップしていく。

「メールも電話もデートの誘いもなんでもかんでもわたしばっか!好きだなんて一言も言わない!!そっけない態度とってんのがかっこいいとでも思ってんの?馬ッ鹿じゃない」

おざなりにつけていたプレゼントの指輪を床にたたきつけるように捨てる。カランと乾いた金属の音が響いた。

「好きじゃないなら付き合ってくれなくていいから」

高杉がなにか言っていたけどかまうもんか。乱暴にドアを閉めてアパートの階段を駆け下りる。
高杉が好きなのにどうして、と悲劇のヒロインみたいに泣くのはいやだ。いまさらこの男に弱みを見せるのは癪だ。
だからゆらゆらと視界が揺れるのは気のせい。目にゴミでも入ったんだと何十回も使い古された言い訳を誰にともなく頭の中で繰り返した。


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