たぶんあたしは、他の人に比べるとすこしだけ運が悪いんだと思う。
『土方が、好き』
勇気をふりしぼって告げた言葉は飛行機の大きな音によって遮られた。
『なんか言ったか?』
『……なんでもない』
それから告白しようとするたび、必ずなにかしらの事象にことごとく邪魔をされそして失敗してきた。急に電話がかかってきたり、話を遮られたり。
だからあたしはもうあきらめた。神さまなんて信じちゃいないけど、きっと運命が土方を諦めろと言ってるんだ。
恋愛でなにが一番つらいのかと聞かれたら、あたしなら絶対好きだと告げられないことだと答える。
どんなに想いが募っても好きだと言えないから付き合うことも、ましてやフラれることもない。ほかの誰かに土方がとられてしまうのを、ただ指をくわえて見ているだけしかできない。そばでそれを見ているのもつらいけど、今のところ離れることもできないからもう開き直った。土方の選ぶ女がどんなやつかこの目で見てやろうじゃないか。
「昼休憩いってきまーす」
書類の山から抜け出して、屋上へと向かう。錆びたドアを開けるとどんよりとした曇り空があたしを迎える。
柵にもたれながらコンビニで買ったおにぎりに食いつく。
「あー」
無意味な叫びは生ぬるい空気へと変わる。もう一口おにぎりにかじりついていると、がチャリと扉の開く音がした。
後ろをふりむかなくたって誰だかわかる。この場所を使っているのはあたしと、あと一人しかいない。
「お前、またおにぎりかよ」
「放っといてよ。どうせあんただってマヨネーズ丼でしょーが」
「残念だな。今日は弁当だ」
得意げに口の端をあげて見せてきたのはビニール袋に入ったコンビニ弁当だ。
どうせそこにも大量のマヨネーズをぶっかけるのだろうからいつも食べているマヨネーズ丼とさほど差はない。
どかりと柵を背に座りこんだ土方を横目に最後の一口を胃におさめる。そうして仕上げとばかりに緑茶を流し込んで本日のお昼は終了。
「………おい」
「なによ」
「女がタバコ吸うなよ」
「男尊女卑」
「違ェよ!…せめて人がメシ食ってる横で吸うな」
「よく言うわよ。子供がいるところでも構わずスパスパやってるやつが」
わざと土方のほうに煙をはいてそう言うと、思い当たる節があるらしく黙りこんでしまった。
それにしても。ちらりと土方の手元にあるかわいそうな弁当を見る。珍しく弁当を持ってきたというからもしかして彼女の作ったものなのかと、一瞬ドキリとしてしまった。あきらめるって決めたはずなのにあたしもまだまだ女の子らしい。
土方は顔が良いし頭も良いし、仕事もできる。そんなやつが女の子にモテるというのは必然でたまに色恋の噂を聞くことも何度かあった。あたし自身、土方がかわいい女の子と一緒にいるところを見たこともあるけどやっぱりあたしといる時とは違っていた。それなりに気遣っていたし、雰囲気がふわふわと甘かった。
それに比べて今の状況は。酸っぱい匂いを漂わせてマヨネーズ弁当をかきこんでいる土方と、柵にもたれてタバコを吸っているあたし。甘さのかけらも在りはしない。
「はあ」
「…なんだよ」
「べっつにー」
自分の心を土方に見せることができたらいいのに。普段あんたが何の気なしに一緒にいる女がどれだけ自分のことを好きか思い知ればいいのに。
無防備な横顔とか、ふとした瞬間にちょっとだけゆるむ口元とか。そういうとこ見るたびにメーターが振り切って自然に言葉が出てきてしまう。ねえ、いまなら言えそう。
「土方、あたしね」
「言うな」
まっすぐな視線に射ぬかれる。見たことのない表情に柵を握りしめる手に力がはいった。
「それ以上は言うな」
何度も重なる偶然に、おかしいとは思っていたけどやっぱりあたしの気持ちに気づいていたのか。こいつはほら、頭が良いからあたしがひとり慌てたり絶望したりしていたのも全部わかってたんだろう。
その上で知らないフリをして、あたしの告白に耳を塞いでたのか。ああ、神さまや運命なんかじゃなくて土方自身があたしを拒絶していたんだ。
「…ダメなら最初からそう言えばいいのに」
さすがにこれは胸が痛い。全部バレていたっていう恥ずかしさと、そうまでしてもあたしをはねのける土方にじわりと滲む視界。
このまま泣いてしまうのもなんだか癪だからぐっと眉間にシワをよせて、罵倒してやろうと口を開いたとき。
「ダメじゃねえよ」
「………は?」
「だからダメとかじゃなくて、その……好きだ」
「はあ?」
がばりと顔を上げて奇声を上げる。いまのあたしの顔、最高にブサイクだろうな。
「なに言ってんのあんた。意味わからん」
「だから好きだっつってんだろうが!!」
「いやだってさっきあたしの告白拒否ったじゃん」
「違、そうじゃねえよ!」
「じゃあどういうこと」
「告白とかそういうのは男からするもんだろうが」
ほんのり頬を染めたかわいらしい土方がぽつりと呟く。
そうか、あたしはひとつ忘れていたみたいだ。顔も良く頭も良く仕事もできるこの男は、どうしようもないバカでがっちがちに頭の固い野郎だということを。
「…あたしの徒労ってことね」
「なんだ?」
「うるさい土方死ね」
「てめっ、かわいくねー」
「ハン、あたしのこと好きなくせに」
「なっ!てめえだって俺のことす、すす好きなくせに」
真っ赤になって反撃する土方にまたため息が出てきた。あたしはさんざんこのバカに振り回されて、貴重な時間を無駄にしていたのか。それならすこしくらいご褒美をもらってもいい気がする。
「ねえ土方」
「……なんだよ」
「キスしてよ」
「き!?」
「キス、してよ」
あたしのこと好きなんでしょう?あんたはあたしのものなんでしょう?だったらそれを、早く証明してみせてよ。
むにゅっと口をつきだして目を閉じる。ごくりと唾をのむ音がしてからようやくかさついた唇の感触がした。
「…やっぱりお前タバコやめろよ、苦ェ」
目を開けるとすぐ近くに土方の整った顔があった。
さっきまでさんざん赤くなっていたくせに今ではもう、いつものポーカーフェイスに戻っていた。そういう小さなところにいかに土方が女の子に慣れているかがわかってしまう。むっとしたあたしに気づかないまま、不敵な笑みを浮かべている。
「でもそういうのも悪くねえな」
ぺろりと舌を見せた土方がもう一度近づいてくる。
照れていたくせに手を出すのは早いのね。呆れながらもやっぱり心の奥底では嬉しくて仕方がない。これから長い時間をかけてどれだけあたしが土方を好きか、教えてあげる。
自然と上がる口端を抑えながらそっと目を閉じた。