「仕方ねえだろ、仕事なんだから」
「仕事、仕事って女の子とイチャイチャするのが真選組副長の仕事なの!?」
「いやだから潜入捜査で…」
「かわいい子のおっぱい揉み放題なんて良いお仕事ね!」
ギリッと奥歯を噛みしめるトシに、そっぽを向く。
いくら任務とはいえ、吉原で遊女に聞き込みだなんて許せない。しかも客として行くってことはもうあんなことやこんなことをするってことでしょ?はい、浮気決定。
こういう任務は初めてじゃない。顔がいいトシは、女性からモテる。そして極秘事項――例えば攘夷志士の潜伏先なんかを聞き出しやすいわけだ。ただ、恋人であるわたしが黙っちゃいないけど。
「何度も説明したが、べつにそういうことをするために吉原に行くんじゃねェよ。話するだけだ」
「…嘘つき。この前もそんなこと言ってズボンのポケットから女の子の携帯番号の紙出てきたくせに」
「そ、それは……」
女の子と会うことを事前に言ってくれるのは、浮気する気がなくてわたしを不安にさせまいとすることだってわかってる。それでも人よりやきもち妬きのわたしは我慢できない。
いつだって不安でたまらない。
一向に機嫌の直らないわたしと、イライラし始めたトシとの会話を遮るように携帯が鳴った。無機質な着信音はトシのものでおそらく仕事の用件を伝えるものだろう。
すこし話したあと、トシがそれをポケットにしまう。
「行かないの?」
「…帰ったら、また話す」
行ってくる、という言葉を背中で聞いててのひらをぎゅっと握る。
これから遊女とふたりきりになることとか、甘い香水が移るほどべたべた触られることとか想像してはイライラするの繰り返し。どうにかしたい、と思うのに仕事だからという理由でなにもできないというのにまた腹が立つ。
でも、いつまでもこうしちゃいられない。
帰ってきたトシにお仕置きという名の制裁をするために立ち上がった。
*
ただいま、といういつもより少しおさえた声が玄関から聞こえた。だんまりを決め込んでひたすら雑誌をめくる。
「た、ただいま」
「……ごはん」
「え?」
「ごはん食べるよね」
「いや、先に風呂入りた」
「食 べ る よ ね 」
「…いただきます」
びくびくしたまま椅子に座ったトシの目の前にそうめんを置く。それに相反するように自分の席のところに熱々の一人用のお鍋を置いた。
「さ、どうぞ」
「………冬なのになんで俺だけそうめ」
「なんか言った?」
「う、旨そうだな」
文句は言わせない、と睨み付けると口の端をひくひくさせたまま食べはじめた。いままで外にいたトシにとって冷えたそうめんはキツイだろうけど、これくらいかわいい仕返しだ。
ちゅるちゅるとそうめんを食べ終わったトシに休む間も与えず、タオルを渡す。
「お風呂入ってきたら?」
「…はい」
すっかり大人しくなったトシは素直にわたしの言うことを聞くようになった。お風呂場に向かう背中を見送ってふん、と鼻を鳴らした。
その数分後、ギャアアアという叫び声がお風呂場から聞こえてきた。そりゃそうだ。湯船にたまっているのは温かいお湯じゃなくキンキンに冷えた水なんだから。
「………あのなァ」
ぶるぶる震えた体を抱きしめるようにして、腰にタオルをまいたトシがリビングに入ってきた。
さんざん嫌がらせしたからきっと怒鳴られるんだろうな、と思いながら覚悟するようにぎゅっと目をつぶった。
「悪かったよ」
感じたのはぬるい体温と、わずかな石鹸のにおい。目を開けるとトシの厚い胸板があった。
「俺だってやりたくねえが仕事だからしょうがねェんだ。それに俺が…す、好きなのは……その…お前だけ、だから」
最後の言葉はもごもごしてはっきりしないけど、ちゃんと聞こえた。
「………わたしも、ごめんね」
笑っていってらっしゃいって送り出して、なんでもないような顔をしていたいのに。縛りつけて窮屈な思いをさせたくはないのに。
「…お風呂、温めなおすから。そしたら一緒に入ろうね」
トシの首もとに手を回してぎゅっと近づいてそう言うと照れたように返事をするのが聞こえた。
こんなあたしを愛してね